「大樹先生お願いします」
「はいはい」

救急外来へ来た途端に声がかかるのは、いつものこと。
とりあえず緊急性を判断して、頭部外傷の患者に近づいた。

「事故?」
「工事現場での転落事故です」
ふーん。労災かあ。

「わかりますか?お名前言えますか?」
「うぅーん」
苦しそうにうなる中年の男性。
「意識ははっきりしてるから、まずはCTを撮りましょう」
看護師に指示を出し検査室に緊急検査の連絡を入れる。
それにしても平日の昼間なのに、忙しいなあ。

「状態の落ち着いてる患者は外来へ回した方がいいぞ」
側にいた救命医にぼやいてしまった。
誰だって急病や怪我は慌てるんだ。早く診て欲しいのもわかる。でも、救急はあくまでも救命科、専門医の診察は一般外来で受けるべきだ。
「それが理想ですね。ところで、この患者どう思います?」
俺の意見などサラッと受け流し、パソコンのCT画像を向ける高橋先生。
「出血があるけれど・・新しいものではなさそうだな。MRIを撮ってみたら?」
「そうですね」
ニコリともせずに、パソコンに向かい出す。
相変わらず愛想がないなあ。
ん?
高橋先生の横には、杉本さん。
何か言いたそうに立っている。
「MRIの結果次第では神経内科の先生にコールしてみるのもいいかもね」
「ええ、そうします。杉本さん、検査の説明をするので家族を呼んでください」
「はい」

そういえば、あの日以来杉本さんとは話してないなあ。
朝、ホテルの前で別れてから近づいても来ない。
院内ですれ違っても挨拶程度だし。
もしかして、避けられてるのか?
気にしているのは俺だけか?

「あの・・・杉本さん。お願いします」
コソコソと近づいてきた新人看護師。
「どうしたの?」
小声で聞き返している。
「森田先生が・・・」
ん?
その時、奧の診察室から男性の怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから、薬をくれって言ってるんだ。痛いんだよっ」
30歳くらいの男性は、診察をする研修医の森田先生を威嚇している。

「代わりますから、ここをお願いします」
新人看護師に言い、杉本さんは森田先生の元へ向かった。

見ると、男性はアルコールのせいで顔が真っ赤になり、口元から血を流している。
「痛いんだっ、早くしろ」
叫び続ける男性。
オロオロする森田先生。

無言で近づいた杉本さんは、
「先生、縫合の準備でいいですか?」
「ああ、はい」
「薬は?」
「え、えーっと」
「とりあえず、ルートとりますか?」
「はい」
「では指示をお願いします」
携帯端末を差し出す杉本さん。

フフ、どっちが医者だよ。
事の成り行きを見ていた俺は笑いそうになった。
患者も同じ気持ちだったらしく、
「お前、本当に医者か?」
馬鹿にするように口にした。

顔を真っ赤にする森田先生。
しかし、杉本さんの機転で酔っ払いの患者はおとなしくなった。

「森田先生、手が空いてるから縫合はしておくよ。先生は別の患者を診たら?混でるみたいだし」
「はあ、そうですね。大樹先生、お願いします」
一刻も早くこの場を去りたい森田先生は反対などするはずもない。
「杉本さん。薬の指示を出しておくから、縫合の準備ができたら呼んでね」
「はい」