まだ桃子とデートもしたことがないのに、1日結衣ちゃんと過ごした。

行きたかったというパーラーでフルーツパフェを食べ、本屋や洋服屋を周り、スーパーに寄った。

「夕食、何にしようか?」
「うーん」

俺も結衣ちゃんもそんなに料理が得意なわけではない。
できれば、桃子が帰ったときには食事の用意ができているようにしたい。
なおかつ、俺も桃子も結衣ちゃんも好きなメニュー。
結構ハードルの高い難題に、頭を悩ませた。

「そうだ、お鍋にしようか?」
考えてみれば、今は冬ではない。
でも、いいじゃないか。
冷房を効かせてでも、今夜は鍋が食べたい

桃子は鶏肉が好きらしいし、結衣ちゃんの希望はソーセージ。
俺は・・・魚貝が食べたい。
豆腐、白菜、キノコに、〆のうどん。
そういえば寄せ鍋ってどうやって作るんだ?
「結衣ちゃん寄せ鍋作ったことある?」
「えー、大樹先生はないの?」
「うーん、ないなあ」
家は母さんが台所を仕切っていたし、父さんや俺が台所に入ることなんてないし。
「大丈夫、スマフォで検索すればすぐにわかるから」
はあー、今時の子だなあ。


アパートに帰り、桃子の帰宅に会わせて準備を始めた。
結衣ちゃんはとっても手際が良くて、どちらかというと俺の方が使われている気がする。

「もうすぐ帰って来るね」
「ああ。食器と箸持って行った?」
「うん。ゆず胡椒もね」
ゆず胡椒?
「随分大人な物が好きなんだな」
「違う、ママが使うの。結衣は辛いの食べられないから」
「フーン」
子供がいればそうなるのか。

「ただいまー」
「「お帰り」」
「え、どうして?」
リビングに入ってきた桃子が驚いている。
「今日は寄せ鍋だぞ」
「うん、でも・・・」
部屋の入り口で固まった桃子。

「ごめん」
そう言うと、台所へ消えていった。

「どうした?」
追いかけていくと、
「ごめんなさい。びっくりしてしまって」
桃子が泣いていた。

「さあ、食べよう。結衣ちゃんと2人で用意したんだ」
「うん」
涙を拭き、やっと笑ってくれた。

「大樹先生、ありがとう。こんなの初めてで、すごくうれしい」
「いいよ、俺が好きでやっているだけだから」
「でも、もうやめてください。結衣が期待しちゃかわいそうだから」
は?
俺は、桃子を睨み付けていた。
「お前、マジで言ってる?」
「ええ」
真っ直ぐ俺を見る桃子は職場で見る顔だった。
こいつは、どうしてこんなにかたくななんだ。
今まで色んな苦労をしてきているのはわかっているつもりだ。
でも、俺の気持ちもわかっているはずだろう。
「桃子は、俺が側にいるのがイヤなの?」

「私と大樹先生では住む世界が違うから」
「はあ?同じ職場の仲間だろ。歳だって4つしか違わない。どこが違うんだよ」
「・・・お願い、もうやめてください。こうしていることが、辛いんです」
え?
本気なのか?
俺だって人並みに恋愛はしてきた。
大学生時代は医学生って言うだけでモテたし、遊んでた時期だってある。
でも、いつか結婚するのは俺の仕事を理解してくれて、お金や肩書きに囚われず俺自身を見てくれる人と決めていた。
やっとこいつだと思ったのに、俺の独りよがりだったのか?

「わかった無理強いする気はない。夕食を食べたら帰るよ」
「ええ」

何もなかったように鍋を囲み、結衣ちゃんも桃子も笑っていた。
できればずっとこうしていたかった。

「「「ごちそうさま」」」
〆のうどんまで綺麗に食べ、夕食は終わった。
俺と桃子の関係も終わってしまうのかもしれない。