ガチャ。
玄関を開け、まず俺が先に入った。
結衣ちゃんは、ドアの前を動こうとはしない。

「ほら、入って」
少し強引に、手を引いた。

ここまで連れてくるのに、結構苦労した。
「ママに会えない」と泣き出す結衣ちゃんを「このまま逃げても何の解決にもならないよ。僕が一緒に行くから、帰ろう」となだめすかしながら連れ帰ってきた。

「結衣っ」
玄関まで駆けよった彼女が、強い口調で名前を呼んだ。

それでも、結衣ちゃんは動かない。

靴も履くことなく、俺を押しのけて部屋の外に出た彼女は
「いつまでそんな所にいるの。早く入りなさいっ」
ギュッと腕を引っ張って、結衣ちゃんを部屋の中に入れた。

「今何時だと思ってるの。小学生が出歩く時間じゃないでしょう」
いつもの冷静な彼女からは想像できない取り乱しようだ。
「結衣はいつからそんなに悪い子になったの」

「そんなに一方的に言うなって」
つい口を挟んでしまった。

「先生は黙っていて。結衣をこんな子にしたのは私の責任なんだから」
「こんな子って、結衣ちゃんはいい子だよ」

「小学生のくせに夜中まで遊び歩いて、どこがいい子なのよ」
話している間に興奮してきたのか、彼女が結衣ちゃんに手を振り上げた。
「オイ、やめろ」
とっさに振り上げられた手をつかむ。

「いい加減にしろ。さっき言っただろう。まずは結衣ちゃんの話を聞け。その上で違うところがあれば言えばいいだろう。お前みたいに一方的にまくし立てたんじゃあ会話にならないじゃないか。冷静になれ」
叱りつけてしまった。

うわぁー。
泣き出す結衣ちゃん。
座り込む彼女。
俺もその場に立ち尽くした。


「ママ、ごめんなさい」
しばらくして、結衣ちゃんが謝った。
「ママも、怒鳴って悪かったわ」
ホッ、なんとか仲直りできそうだな。
「結衣ちゃん、何でこんなことしたのかママに話なさい」
「うん」
俺が促すと、結衣ちゃんはポツリポツリと話し出した。

日付が変る頃まで、2人は話していた。
結衣ちゃんの寂しい気持ちは彼女に伝わったと思う。
これからは何でも話そうと約束をして、2人は仲直りできた。

「大樹先生、ありがとうございました」
「別に、俺は何もしていない」

「こんな時間ですけれど、何か作りましょうか?」
「うん、お腹すいたな」
「待っていてくださいね」


10分ほどして出てきたのは焼きうどん。
「冷凍のうどんがあったので作りましたが、口に合わなければやめてください」
「ありがとう」

豚肉と残り物の野菜とツナ缶、味付けはウスターソース、隠し味にマヨネーズ。
深夜に食べるには随分ヘビーな気がするが、これが意外にうまかった。

「でもさあ」
「何ですか?」
何か言いたそうな俺の反応に、料理のだめ出しを予想したのか身構えている。
「違う。焼きうどんはうまいんだ。でも、」
「でも?」
「ビール飲みたくなるな」
「はあ、確かに。飲みます?冷蔵庫にあったと思います」
「いや、でも。飲んだら帰れないよ?」
「リビングに布団ひきましょうか?」
「いいの?」
仮にも男を簡単に泊めるなんて・・・
「私は気にしませんが」
「気にしろ。どれだけ警戒心がないんだよ」
「じゃあ、帰りますか?」
「いや、泊る」
フフフ。おかしそうに笑われた。