1人店を出て、まずは夜風が気持ちよかった。
うーん、いい気分。
このまま帰って寝ればぐっすり眠れそう。
今日は寝付けないかもって心配だったから、ちょうどいい。

その時、
ブブブー。
大きなクラクション。

へ?
キョトンとしている私は、誰かに腕を引かれた。

「危ないなあ。ひかれるぞ」
スッポリと私を腕の中にしまった大樹先生。

「・・・」
「おい、大丈夫?」
一向に反応しない私に不審そうな顔。

「とりあえず、どこかに座ろうか?」
そう言うと、近くのバーの戸を開けた。


「で、大丈夫?」
呆れたように私を見るこげ茶色の瞳。
「大丈夫ですかー?」
いつまでも無反応な私に、目の前で手を振っている。

「大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
頭を下げて立ち上がろうとした。
しかし、
「ああ、危ない」
よろけてしまった私は、大樹先生によって椅子へと戻されてしまう。

「水飲む?」
「いいえ」

はあぁー。
深いの溜息が聞こえてきた。

「あのさあ、君」
「何か、カクテルを下さい」
大樹先生の言葉は遮ってカウンターに声をかけた。

マスターはチラッと大樹先生を見てからオレンジ色のカクテルを作ってくれた。

「これ以上酔っ払って、帰れなくなったらどうするの?」
説教臭い言い方がまた頭にきて、私のピッチが上がっていく。
「大丈夫です。迷惑はかけませんから」
「かわいくないなあ」
ぼそりと出た呟き。

どうせ私はかわいくない。
何度も何度も言われて慣れた言葉なのに・・・
気がついたら鼻の奥がツーンとして、目に涙がたまっていた。

「ごめん」
「謝らないで。もういいから、先生は行ってください」
これ以上無様な姿を見られたくない。

別に大樹先生だからどうのこうのって訳ではない。
そもそも大樹先生は勤務先である『竹浦総合病院』の跡取り息子で、腕のいい脳外科医。その上性格の温厚で、本当にいい人。
狙っているスタッフだって多いはず。
私なんかからすると雲の上の人過ぎて、近づくことさえおこがましい。
間違っても恋愛対象にはなり得ない。

「杉本さん。ねえ、本当に大丈夫なの?」
遠くの方で大樹先生の声がする。

普段アルコールを口にすることが無いせいか、カクテルが美味しかったせいか、大樹先生にドキドキしたせいか、理由はわからないにしても、私は完全に酔いつぶれてしまった。
このバーで、4杯目のカクテルを飲んだ後の記憶がまったく無い。