アパートに帰ってみると、結衣がいなかった。

時刻は午後7時。
いつもならとっくに帰っている時間なのに。

「いないの?」
「ええ」
アパートに上がった大樹先生がキョロキョロと部屋の中を見回している。

「携帯は?」
「持たせていません」
まだ小学3年生の結衣には必要ないと思っていたし。
「友達の家は?」
「そんな・・・。夜の7時までお邪魔する様な友達はいません」
「そうか」

この春、救急に異動になるまでは夜1人にすることはなかった。
いつも結衣と一緒にいた。
大きくなり、お留守番だってできるって言うから安心していたのに。

「落ち着け。大丈夫だから」
「そんな事言われても・・・。もし、結衣に何かあったら、私は生きてはいけない」
言いながら、床に座り込んだ。
自分でも驚くほど私は動揺していた。
もう、立っている事も出来なかった。

「しっかりしろ。大丈夫だから」
「何でそんなことがわかるんですか?どこかで倒れているかもしれないし、事故に巻き込まれた可能性だって」
「大丈夫。病院と警察には確認した」
「じゃあ、何か犯罪に・・」
「いいから落ち着け」
両肩に手を当て、真っ直ぐに私を見ている大樹先生。

「結衣はまだ9歳。こんな時間まで1人で出歩くはずがないんです。きっと何か・・・」
悪い想像だけが浮かんでしまった。
「大丈夫、きっと大丈夫だから」
私を落ち着かせるために何度も「大丈夫」を繰り返してくれる。
でも、この時の私は壊れかけていた。
大樹先生の優しさに甘えて、
「先生が結衣の何を知っているって言うんですか?何も知らないくせに、大丈夫だなんて言わないで」
強い口調で言い返した。

はあー。
大樹先生の深い溜息。

「わかった。ちゃんと話すから、座って」
リビングのソファーに私を座らせ、大樹先生も横に腰を下ろした。