「多恵ちゃん、勤務が終わったのにごめんね」
親しい同僚が少ない私にとって、多恵ちゃんは数少ない心許せる後輩。
師長もそれがわかっていて彼女に送りを頼んだようだ。
「いいですけれど、一体何があったんですか?」
「うーん」
何がと言われても一言では伝えきれない。

「大樹先生、相当怒ってましたよね」
探るように私を見ている。
「それは、体調が悪いのに無理して仕事したからでしょ。医療従事者としてどうなんだって」
「それだけですか?」
「そうよ」
そうだと信じたい。

「じゃあこれは何ですか?」
差し出されたスープポット。
「何?」
「院長家特製の野菜スープだそうです」
「何で?」
「今院長夫人が入院してるじゃないですか」
「うん」
「お見舞いに来た妹さんに頼んだそうですよ」
「だから、何で?」
「知りませんよ。自分で聞いて下さい」
呆れたように言われてしまった。

私だってバカじゃない。答えは薄々わかっている。
でも、ありえないと思うし、認めたくない。
私はただ穏やかに結衣と2人で暮らしたいだけなんだから。

「とにかく、覚悟した方がいいですよ。先輩達相当騒いでましたから」
「うん」
ああ、明日の朝が怖い。


家に帰り、一息ついてから野菜スープをいただいた。
「美味しい」
色々な野菜をじっくりコトコト煮込んだ優しい味がした。
時間も手間もない私にはとても作れないスープが、昨日の夜からまともに食べていなかった私の体に染み渡っていく。

今まで結衣のことを言い訳にして恋愛から逃げてきたけれど、本当は私自身に向かっていく勇気がなかっただけ。
傷つくことが怖くて、変ってしまうことが不安で、いつも逃げていた。
1度大樹先生と話をしよう。
もちろん答えは出ている。
今の生活を捨てて、大樹先生のためにこの野菜スープを作ってあげるような人にはなれない。
やっぱり私には無理だから。
それでも、きちんと話をしなくては。
そう思わせるだけの味がこのスープにはあった。