久しぶりの救急当番。
救急外来にやって来てまず探したのは彼女の姿だった。

最後にまともに会話をしてから1ヶ月近くがたった。
救急に呼ばれることは珍しくないけれど、何度声をかけても仕事以外のことは一切話そうとしてくれない。
この1ヶ月で俺の方にも話さないといけないことがあるんだが、さすがにお手上げ状態だ。

「杉本さん、お願いします」
救命部長の声。
「はい」
離れたところにいた彼女がかけてくる。

あれ?
顔が赤くないか?

救急搬送されてきた患者の診察をする部長についた彼女。
テキパキと仕事をこなしているように見えた。
しかし、
ガチャンッ。
金属のトレーが床に落ちる音。
「すみません」
慌てて拾う彼女。
よく見れば足元がふらついている。
「杉本さん、大丈夫?」
師長が手伝いに入った。
「すみません、大丈夫です」
ったく強情な奴だ。


しばらくして、廊下に出て行く後ろ姿を見て後を追った。
「杉本さん」
「はい」
周りに誰もいないことを確認し、俺は彼女の腕を掴んだ。
そうでもしなければ逃げられてしまう。

「具合悪いんでしょ?」
「いいえ、大丈夫です」
言いながら、うつむき目を合わせようとしない。
「熱は?」
「・・・」
額に手を当てることもなく、熱はありそうだ。
「受診は?」
「・・・」
「薬は?」
「・・・」
はあぁー。
右腕を必死に離そうとする彼女。
でも、俺だって離す気はない。
「食事はとれているの?」
「・・・やめてください」
一瞬、彼女の声が震えた。

「何を?」
「・・・」
「何をやめて欲しいの?」

「私にかまわないで」
その声が涙声に聞こえ、一瞬力が緩んだ隙に彼女は逃出してしまった。