鉄之助は戦場で刀を揮うことはなかったが、和泉守兼定と供に土方が託した想いはしっかりと受け継いだ筈である。
 鉄之助が新選組に所属していたのは二年間だけだったが、現在《いま》でもはっきり言える。
 ――新選組《おれたち》の戦いは間違っていないと
 彼らが何の為に戦ったのか、鉄之助はそれを世の人に伝える事ができたのかはまだわからない。それが判るのは恐らく何年、何十、百年も先かも知れない。
 いつか必ず、世の人々が判ってくれる。新選組の、土方の生き方を。
 鉄之助も信じてみようと思う。いつの日が、自分たちの事をわかってくれる日が来ることを。
 多くの仲間の出会いと別れを体験し、鬼の副長と呼ばれた土方歳三の最も近くにいた市村鉄之助。
 逞しく成長した彼を土方はどう思うだろうか。ドジで泣き虫で怖がり、剣術の腕もそんなに強くはなかったが、彼が新選組隊士として最後にした事は大きい筈である。
 もし鉄之助が土方と供に箱館に残っていれば、後の歴史は少し変わったものとなっていたかも知れない。
 鉄之助はもう一度、空を見上げた。
「副長……」
 鉄之助は、もう一度土方の怒鳴り声が聞きたかった。そう、もう一度――。
 もう泣いてもいいだろうか。
 それとも「馬鹿野郎」と怒られるだろうか。
 どちらにしろ、もうあの日々は帰ってはこない。
 土方がいて、局長・近藤勇がいて、沖田総司に原田左之助、永倉新八に藤堂平助、井上源三郎に斉藤一、一癖も二癖もある楽しい仲間たち。その多くは、空の彼方《かなた》。
 ――てめぇは、まだ餓鬼のまんまだよ。
 そう言って小突く土方の顔がもう一度見たい。
 叶わぬと判りながら、鉄之助はいつまでも空を見上げる。
 これは市村鉄之助の目を通して見た、新選組のもう一つの物語である。