麻友は卓也が帰宅するや否や、懸賞に当たったよ、と件のハガキを見せた。当選というのは、とあるレストランのペアディナー券であった。いつにない強引さで麻友が誘うので、卓也は面倒くさそうな様子だったが、出費がないならと承知した。

 差出の住所は自宅のあるマンションからさほど遠くない。しかし卓也には思い当たる店がなく、検索してもホームページはおろかブログの一つにさえ行き当らなかった。それに、麻友が応募したという懸賞の情報も見当たらないのだ。釈然としない卓也をよそに、とうとうその日はやってきた。

「こんな所にレストランがあったなんてなあ」
「うん、近所なのに知らなかったね」
「随分と古くからやってそうな雰囲気なのにね」
「そうだよね……とにかく! 入ろ!」

 普段ほとんど会話らしい会話をしない卓也と麻友だったが、二人は扉の前で幾ばくかの躊躇を払うかのように言葉を交わした。雑木林を背に佇む苔生したレンガ造りの店構えは、さながら童話や外国の映画に登場する魔女の住処のようで、その存在感に圧倒されるのか麻友もやや緊張しているようだった。

 卓也が扉に手を掛けようとしたその時、分厚い鉄製の扉が唸るような鈍い音を立てて開かれた。

「いらっしゃいませ、佐々木様。どうぞ中へ」
「ほら、たっくん」
「あ、ああ」
「えらく暗いな。いくらなんでもこれじゃさすがに料理が見えない」
「ご安心ください。当店は『ブラインド』ですので」
「ご安心? 意味がわからないね。それに、ブラインドなんてどこにもないのに、変わった名前だなぁ」
「まあまあ、たっくん」
「ここで食べるの? 本当に暗すぎない? 映画館じゃないんだから……え? うわっ!」

 店内の暗さに不満を漏らしながら席についた卓也は、「失礼します」と、まるで焼肉屋でエプロンをつけるかのように目隠しをされて、思わず声をあげた。

「なんだよもう!」
「たっくん」

 窘めるような麻友の制止も聞かず、卓也は目隠しを乱暴に剥ぎ取りスタッフを睨みつける。
 スタッフはその様子に少し驚いた様子だったが、すぐに深く頭を下げ、説明を始めた。

「大変失礼いたしました。当店は、その名の通りブラインド(目隠し)で料理を味わって頂くレストランでございまして、お客様が目隠しをした上で私どもが手となり、お食事のお手伝いをいたします」
「そんな変なレストランなんか嫌だろ! 麻友、やっぱり帰ろう」
「待ってよたっくん。とっても良い匂いがするよ? それに私たちが知らなかっただけで、長くやってる風だし。ひとくち食べて、それで不味かったら出ようよ」
「うーん……」
「ね? せっかく来たんだし」
「……わかった。一口だけな」

 店に誘った時と同じか、それ以上の熱気で麻友が引き止めるので、卓也は仕方なくその提案を受け入れた。

 スタッフが再び目隠しをすると、二人に闇の世界が訪れた。