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 空梅雨のように思えた六月が終わり、打って変わって七月の始まりは毎日が土砂降りだった。紫陽花にも似た傘の群衆が、学校へと進むごとに数を増していく。梅咲君は学校の梅から徒歩ゼロ分という通学至便であるにもかかわらず、毎朝、家まで私を迎えに来てくれる。

 つまり彼氏とラブラブ通学、のはずなのだが、嬉しい半分、辛さ半分、が正直な気持ちだ。好きな人が人気者だと、どうしても周囲の目というものが気になってしまう。

「小松さん、夏休みの間に式の日取りを決めたいんだけど、どうかな?」
「あの、梅咲君? そういうのは、ILNEとかでよくない?」
「そうかな? 会って話す方が僕は好きだよ」
「そうじゃなくて……」

 女子たちの視線が痛い。梅咲君は、放課後あまり遅くまでこっちの世界にいられないのだ。昔ほどの弱さではないにしても、いまだに半日は精霊界での静養が必要だからである。そういうわけで、学校でこういう話になることもしばしば。

 女子たちから嫌がらせを受けていることは、梅咲君には話していない。言ったら心配するだろうし、またあの「お怒りモード」になられたら困る。けれど、こうもオープンに話されては、嫌でも見聞きしてしまうほうの気持ちも考えてしまう。好きな人の結婚話を聞きたい子など、いるわけがないのだから。

「もうちょっと人のいないところで話そうよ。だいたい、どうしてそんなに結婚を急ぐの?」

 私はできるだけ小さな声で梅咲君に質問をした。

「ああそうか、話してなかったね」
「うん」
「次期節王はね、婚姻の儀式を経て、節王の力を得るんだよ。得るというか、封じていた本来の能力を使えるようになるんだ」

 精霊界の話になると、梅咲君は耳元でナイショ話をするように囁く。春風のような柔らかい声と花の香りが心地いい。思わず、人目なんか気にせずにとろけてしまいそうな程だ。

 気をしっかり持って、できるだけ早足で階段の踊り場へと向かわなければ。私はまだ聞かないようなそぶりで、梅咲君の前を歩いた。

「まずひとつは、封じていた力が解放されるから、この世界のエネルギーに負けないようになる」
「もしかして、夜もこっちに居られるようになるの?」
「そういうこと。もうひとつは」
「うん」
「邪気を放つ精霊をみつけて諫めることができるようになる」
「え、そういうのも節王の仕事なの?」
「うん、というか」

 邪気を放つ精霊……そっか、やっぱり悪いヤツもいるのか。なんだかちょっと鬼太郎っぽい。

「婚姻や王位継承の時期は、どうしても気が乱れがちでね。節王が人間界に妻と残るのは、それを整えるためでもあるんだ」
「そうなんだ」
「こうしている間にも、影響は小松さんの存在が精霊界に認知された時から少しずつ出始めているんだよ。だからなるべく早く、儀式をしたい」

 私が認知されてから、四か月くらい。だからあの日も矢継ぎ早に「両親に挨拶したい」が出てきたというわけか。梅咲君が急ぐ理由がよーく理解できた。

「わかったよ、梅咲君。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします!」
「小松さん……ありがとう!」
「あはは、そんなのいいのに。私が梅咲君に勉強教えてもらったりしてるほうがありがとうだよ」
「ううん! ……(そうか……小松さんは無自覚なんだよな)」
「え? よく聴こえなかった」
「なんでもないよ、とにかくありがとう!」

 なんでもないと言いつつ、梅咲君の角が騒がしい。ポンポンと弾むように花が咲きだす。何かはわからないけれど、梅咲君が楽しいのならそれでいい、そう思った。

 そういうわけで、私は夏休みに入ったらすぐに精霊界へ行くことになった。とても綺麗なところだと梅咲君は言うけれど、これはいわゆる異世界体験なのだ。あの日見たキラキラで眩しい光の向こうへ、行くのである。私、無事に戻ってこられるのかな……