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五月の風に小さな鯉のぼりの群れがあちらこちらで空を泳ぐ今日この頃。私たちは真央の家に遊びに来ている。ケヤキの精霊に会うためだ。
「真央んち寺みたいでカッコイイよな」
「うん。立派なお家だね。古くからの精霊もたくさん棲みついてるよ」
「そうなんだ、自分ちなのに全然わかんないや」
「私も真央のおうち大好き。お庭も季節ごとの花が咲いて綺麗だよね」
「ありがと。私もこの時代劇感とか日本庭園、好きよ」
お手伝いの大久保さんが出してくれた紅茶とケーキを縁側に並べて、私たちは手入れの行き届いた美しい庭をしばし眺めていた。真央の家は大きい。ツツジやヤマブキ、シャクナゲなどの低木で彩られた芝生の先に錦鯉の池があり、その側でケヤキが葉を茂らせている。
「小松さん、手を出して」
「ん? はいはい……きゃ!」
「おお、ラブラブ!」
「翔太、茶化さないの」
「梅咲君、恥ずかしいよ……って、わぁ!」
言われるままに手を出すと、梅咲君が私の手を握った。はじめはいきなり手を繋ぐとか、二人の前で大胆だなとか恥ずかしいなと思ったけれど、すぐに理由が分かって、変なことを考えた自分のほうが恥ずかしくなった。
梅咲君と手を繋ぐと、私にも庭にいる精霊たちの気配が感じられるようになったのだ。残念なことに、姿は見えない。だから、どんな形をしているのかとか、顔があったとしても表情とか、そういうのは分からない。けれどはっきりと存在がわかる。ほんわかと、光のような熱のような、そういうものがたくさん、本当にたくさん、そこにいるのだ。
「梅咲君、これって……」
「そう。みんな精霊だよ」
「えっ? 今見えてんの? すっげ」
「朋香、どんな? どんな?」
二人の食いつきがすごい。
「なんていうか、こう……違うけど、人魂みたいな? 人の形とかはわかんなくって、気配?」
「へええ!」
「小松さんは僕と一緒にいればだんだんはっきり見えるようになってくるよ」
「すごいね! あ、ケヤキは?」
「幹のところがオーロラみたいに光ってる……」
「見たい見たい!」
他の精霊が金色っぽく輝いて見えるのに対して、ケヤキの辺りは綿菓子みたいな白いモヤに包まれた幻想的な虹色をゆらゆらと揺らめかせていた。明らかに他と違う。あれが加護の力……
ふと近くに視線を戻すと、ケヤキの周囲と同じ柔らかなミルク色のオーロラが真央の周りにも見えた。と、ほぼ同時に、自分の足元にもそれより少しブルーがかったオーロラがあることに気がついた。
「梅咲君、私と真央の周りのこれは?」
「それが加護だよ。高田さんはケヤキの、小松さんには僕の加護がついてるから」
「私……いつの間に」
「昨日の放課後からだよ。それでね、これを」
「あ……っつ」
そう言って、手を繋いでいるところに梅咲君がもう一方の手を重ねると、急に薬指が熱を持ったように感じた。熱いというより、少し痛みに似た感覚。
「見て」
「わあ!」
一瞬の痛みの後、握られていた手が梅咲君の両手から解放されると、指にさっきのオーロラと同じ色の石を飾った指輪がついていた。
「取り巻いてた加護が……!」
「うお! すっげー、なんかゲームのアイテムみたいだな!」
「翔太の例え、バカっぽいって。すっごい綺麗……!」
いきなり手品か魔法のように現れた指輪に、真央も田村君も夢中で魅入っている。当然だと、私も思う。だって、めちゃめちゃ綺麗なのだ。こんな宝石みたことがない。サファイアとラピスラズリに、あと何だっけ、オーロラみたいなホログラムみたいな宝石……そうだオパール! そんなのを全部足して三で割らない。そんな感じでとにかく吸い込まれそうな青さで、宇宙を閉じ込めたような美しさと気高さなのだ。
「凝縮すると、こうやって具現化するんだよ」
同じように、真央の手を包んで梅咲君が言った。具現化……田村君じゃないけれど、本当にゲームの世界の話かと思ってしまう。梅咲君に手を離されて、うっすらとしか見えなくなったけど、煙のような微かな真央のオーロラが梅咲君の手の中に吸い込まれていくのが見える。
「……これが、私の加護……?」
「そうだよ。高田さんとすごく馴染んでるから、きっと生まれたときからじゃないかな」
「綺麗……ありがとう!」
「いえいえ。どういたしまして」
真央の指輪になったのはミルク色のオーロラそのままの、白いオパールとムーンストーンを足したような優しい輝きの宝石だった。
「はぁー、こんなの見たらもう疑いようがないよね。いや疑ってたわけじゃないけどさ、改めてすごいなって」
「真央、すごいわかる。私なんかまだ夢なんじゃないか、ドッキリじゃないかって思ってるよ」
指輪を眺めてうっとりする私たちを見て、梅咲君がふんわりと笑った。角のつぼみが開いてほんのり梅の香り。それに呼応するように、庭の草花が風にそよぎ、一斉に甘い香りを辺りに振りまいた。夏はすぐそこ。そんな爽やかで甘い、いい香りがした。
五月の風に小さな鯉のぼりの群れがあちらこちらで空を泳ぐ今日この頃。私たちは真央の家に遊びに来ている。ケヤキの精霊に会うためだ。
「真央んち寺みたいでカッコイイよな」
「うん。立派なお家だね。古くからの精霊もたくさん棲みついてるよ」
「そうなんだ、自分ちなのに全然わかんないや」
「私も真央のおうち大好き。お庭も季節ごとの花が咲いて綺麗だよね」
「ありがと。私もこの時代劇感とか日本庭園、好きよ」
お手伝いの大久保さんが出してくれた紅茶とケーキを縁側に並べて、私たちは手入れの行き届いた美しい庭をしばし眺めていた。真央の家は大きい。ツツジやヤマブキ、シャクナゲなどの低木で彩られた芝生の先に錦鯉の池があり、その側でケヤキが葉を茂らせている。
「小松さん、手を出して」
「ん? はいはい……きゃ!」
「おお、ラブラブ!」
「翔太、茶化さないの」
「梅咲君、恥ずかしいよ……って、わぁ!」
言われるままに手を出すと、梅咲君が私の手を握った。はじめはいきなり手を繋ぐとか、二人の前で大胆だなとか恥ずかしいなと思ったけれど、すぐに理由が分かって、変なことを考えた自分のほうが恥ずかしくなった。
梅咲君と手を繋ぐと、私にも庭にいる精霊たちの気配が感じられるようになったのだ。残念なことに、姿は見えない。だから、どんな形をしているのかとか、顔があったとしても表情とか、そういうのは分からない。けれどはっきりと存在がわかる。ほんわかと、光のような熱のような、そういうものがたくさん、本当にたくさん、そこにいるのだ。
「梅咲君、これって……」
「そう。みんな精霊だよ」
「えっ? 今見えてんの? すっげ」
「朋香、どんな? どんな?」
二人の食いつきがすごい。
「なんていうか、こう……違うけど、人魂みたいな? 人の形とかはわかんなくって、気配?」
「へええ!」
「小松さんは僕と一緒にいればだんだんはっきり見えるようになってくるよ」
「すごいね! あ、ケヤキは?」
「幹のところがオーロラみたいに光ってる……」
「見たい見たい!」
他の精霊が金色っぽく輝いて見えるのに対して、ケヤキの辺りは綿菓子みたいな白いモヤに包まれた幻想的な虹色をゆらゆらと揺らめかせていた。明らかに他と違う。あれが加護の力……
ふと近くに視線を戻すと、ケヤキの周囲と同じ柔らかなミルク色のオーロラが真央の周りにも見えた。と、ほぼ同時に、自分の足元にもそれより少しブルーがかったオーロラがあることに気がついた。
「梅咲君、私と真央の周りのこれは?」
「それが加護だよ。高田さんはケヤキの、小松さんには僕の加護がついてるから」
「私……いつの間に」
「昨日の放課後からだよ。それでね、これを」
「あ……っつ」
そう言って、手を繋いでいるところに梅咲君がもう一方の手を重ねると、急に薬指が熱を持ったように感じた。熱いというより、少し痛みに似た感覚。
「見て」
「わあ!」
一瞬の痛みの後、握られていた手が梅咲君の両手から解放されると、指にさっきのオーロラと同じ色の石を飾った指輪がついていた。
「取り巻いてた加護が……!」
「うお! すっげー、なんかゲームのアイテムみたいだな!」
「翔太の例え、バカっぽいって。すっごい綺麗……!」
いきなり手品か魔法のように現れた指輪に、真央も田村君も夢中で魅入っている。当然だと、私も思う。だって、めちゃめちゃ綺麗なのだ。こんな宝石みたことがない。サファイアとラピスラズリに、あと何だっけ、オーロラみたいなホログラムみたいな宝石……そうだオパール! そんなのを全部足して三で割らない。そんな感じでとにかく吸い込まれそうな青さで、宇宙を閉じ込めたような美しさと気高さなのだ。
「凝縮すると、こうやって具現化するんだよ」
同じように、真央の手を包んで梅咲君が言った。具現化……田村君じゃないけれど、本当にゲームの世界の話かと思ってしまう。梅咲君に手を離されて、うっすらとしか見えなくなったけど、煙のような微かな真央のオーロラが梅咲君の手の中に吸い込まれていくのが見える。
「……これが、私の加護……?」
「そうだよ。高田さんとすごく馴染んでるから、きっと生まれたときからじゃないかな」
「綺麗……ありがとう!」
「いえいえ。どういたしまして」
真央の指輪になったのはミルク色のオーロラそのままの、白いオパールとムーンストーンを足したような優しい輝きの宝石だった。
「はぁー、こんなの見たらもう疑いようがないよね。いや疑ってたわけじゃないけどさ、改めてすごいなって」
「真央、すごいわかる。私なんかまだ夢なんじゃないか、ドッキリじゃないかって思ってるよ」
指輪を眺めてうっとりする私たちを見て、梅咲君がふんわりと笑った。角のつぼみが開いてほんのり梅の香り。それに呼応するように、庭の草花が風にそよぎ、一斉に甘い香りを辺りに振りまいた。夏はすぐそこ。そんな爽やかで甘い、いい香りがした。