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 翌朝、登校すると、昇降口や廊下など至る所で女子たちが泣いていた。不思議に思いながら教室に着くと、教室でも泣いている女子たち。そしてその向こうで、気が強い系の女子たちに囲まれている梅咲君がいた。

「おは、よう……?」

 その異様な状況にやや引き気味になりつつも挨拶をした、その途端。ギロリ。女子たちの視線が私に注がれた。

「小松さん、どういうことか説明してよね」
「え?」
「梅咲君と小松さんが結婚するって話」
「ええ? 梅咲君が言ったの!?」
「ごめんね小松さん、昨日、旧校舎で抱き合ってたの見られてたみたいで」

 ……梅咲君、無自覚か! そこはごまかさなきゃダメなところ! 私はふりかかる災いの予感に肩を落とした。

「誰とも付き合わないって言って告白断りまくってたのに、梅咲君の嘘つき!」
「だから、彼女は僕の理想の人なんだ。ずっと探してたんだよ」
「探してたとか意味わかんない! 小松さんのどこが他の子と違うっていうの?」

 ほらね。こうなるよね。こんな地味子をみんなの王子様が好きだなんて、納得いくわけがないのだ。騒ぎ立てる女子の剣幕に、私は何も言えなかった。いや、言えたとしても、言えることがない。角が見えるところですなんて言ったとして、フザけて答えているようにしか思われないだろう。怒りの炎に油を注ぐようなものだ。

「だいたい小松さん、校内試験の順位でいったらA組の底辺でしょ。見た目だってダッサイし理解できないよ、ねえ」

 仁王立ちする女子の言葉に、他の女子たちも鼻をすんすんさせながら頷いたり睨んだりと、形は違えどそれぞれが同意の意志を表している。確かにその通りで、言い返せない。私はどうしようもなく悔しくて、唇を噛むしかできないでいた。

「……だよ」

 それは小さく、だけど大地の底から響くような低い、威圧感と威厳のある声だった。その声は梅咲君のもので、一瞬でその場の空気が変わったのがわかった。女子たちの嗚咽も、男子たちの物見高なひそひそ声も、息を止めたように静まり返る。

「小松さんは、誰よりも春を愛しているんだよ。僕はずっと彼女が春を愛でるのを見てきたんだ。昨日、彼女は本当の僕を受け入れてくれた。それこそが他の誰とも違う僕の理想であり、妻の証なんだ。誰にも何も言わせない」

 人の出す声ではなかった。言葉遣いこそいつもの梅咲君だったけれど、とても恐ろしい声。角を蒼白い炎で包んで、燃えた花びらが灰になり炎の上昇気流に吹き上げられている。私を守るために怒ってくれているのだと思うと、胸が熱い。だけど、ちょっと収拾がつかないことになりそうで、慌てて女子との間に割って入った。

「ちょ……、そんな怖い顔しないでよ。ずっと見てたのに探してたとか意味不明すぎだけど、要は小松さんがしつこく好き好き言って、梅咲君が根負けしたってことだよね? もういいよ、行こ!」

 季節の『春』と梅咲春の『春』がややこしくて、私が猛アタックかけた風に勘違いされてしまったようだ。それでも神の怒りならぬ精霊の怒りが一触即発な感じだったから、この幕引きには本当にホッとした。

「おはよー、って、え? 何? 何かあったの?」
「真央! あーもうどこからどう話せばいいのか……」
「えっ? どういうこと?」

 全てが終わった(?)直後に現れた真央が女神様に見えて、私は駆け寄り抱きついた。真央は困惑気味だったけれど、苦笑いする梅咲君としがみつく私、それと周囲の変な空気で何かを察したようで、私の背中をポンポンと叩いてくれた。やっぱり女神さまだ。



「……すごいことになったねぇ、朋香」
「わかってもらえる?」
「うん。まだ信じられないけど、朋香たちがウソついてるとは思えないし、昨日のアレはヤバかったし」

 私たちは始業までの数分間だけ場所を移動して、梅咲君にお願いして真央にも昨日のことを話してもらった。真央は私と違って角は見えないけれど、昨日の怪奇現象が梅咲君の影響だと言ったら、なんとか分かってくれたみたいだ。

 それに、新情報も教えてもらった。結婚してもすぐに王とか妃とかってことではなくて、人間界で普通に暮らして歳を重ねて、寿命になったら精霊界に行くのだそう。寿命は同じではなくて、梅咲君が先に行って、いろいろ準備をしてから私、そして子供も天寿を全うしたら精霊界に召される。そういう流れだということだ。

「だけど王子様が本物の王子様とはねぇ。びっくりだよ本当に」
「そうなんだよぅ。しかも何万年がどうとか、もうスケールがね」
「せめて千年くらいならまだ平安時代なのにねぇ」
「そうなんだよぅ……」

 人のいない階段の踊り場は陽も射さずひんやりとしている。けれど梅咲君がいるとほんのりと暖かい空気が漂う。私たちは階段に腰掛けて、途方もない年月の長さに思いを巡らせた。

「でもまあ、ホラ! 両想いってことでしょ。じゃあいいじゃん、ダブルデートできるし!」
「そっか、そうだよね。さすがポジティブ真央」

 先が見えなくて思いやられるなぁとか、そんなことばかり考えていたけれど、そうだ、私と梅咲君、両想いなのだ。王とか妃とかの前に、普通にカレカノということ。死ぬまで人間として暮らすんだから、普通に今を楽しめばいいんだよね。

「ポジティブといえば、高田(たかだ)さんはケヤキの加護を受けてるね。ケヤキの若葉の香りがする」
「すごい、なんでわかったの? うちにケヤキあるよ! お父さんが生まれた時におじいちゃんが植えた記念樹!」
「真央、五月生まれだよね」
「なるほど、それだね。植物も大切に育てると精霊に加護の力が宿ることがあるんだ」
「ケヤキの精霊か……会ってみたいなぁ」
「人間の目には見えないんだよ、あ、でも」
「見えるようになるの?」
「精霊の宿り木だっていう証拠みたいなものなら」
「見たい! それお願い、梅咲王子様!」

 話が盛り上がりかけたところで、予鈴が鳴った。あの針の(むしろ)のような教室に戻るのは気が引けるが、今年は受験生だ。カレカノになったのに高校別々ですなんて絶対に嫌だし、よりいっそう勉学に励まなければ! 私はまたひとつ、不純な決意を胸に秘めた。