息が苦しい。心臓が早打ちしすぎて止まってしまいそう。相手が自分を好きだと言ってくれている時点で、振られることがないのをわかっているのに、こんなにもドキドキする。「好き」このたった一言を言うだけなのに、こんなにも。

「梅咲君……あのね」
「……うん」

 喉まで出かかっている言葉が、なかなか飛び出してくれない。言え朋香。ちゃんと。梅咲君が待っているんだ! 心の中で自分の背中を叩く。実際は背中を叩けないから、お腹にぎゅっと握りこぶしを押しつけた。

「私もずっと梅咲君のこと……好き、です」
「うおーー!! やった! ありがとう小松さん!」

 口から飛び出しそうな心臓をなんとか堪えて、やっとのことで言えた言葉。私がそれを言い終える前に、梅咲君がガッツポーズをして飛び跳ねた。と、その着地と同時に、梅咲君の足元からシロツメクサや春の野花が咲き広がって、校庭の花壇も、校門のソメイヨシノも、見渡す限りの辺り一面が花に包まれた。

「う……そ。これも私にだけ見えてるの?」
「ううん。これは、僕が妻を見つけたことが精霊界に承認された証だから、じきに世界中が春になるよ」
「え! そんなの、めちゃめちゃ異常気象じゃ……」

 規模がおかしい。世界中って、地球が全部春になるの? 精霊の王様、じゃない、王子様の力ってどんだけ凄いの?

「それで何か問題起きたりしないの? 南極の氷が溶けちゃうとかそういう……」
「南極とか砂漠地帯とか、通年春が影響しにくい場所はこうはならないから、大丈夫だよ」
「ほっ」
「それに数分のことだから」
「それはそれで問題ある気が……」
 
 案の定、スマホでは日本を皮切りに世界中でこの春景色が次々にアップされ、SNSを席巻していく。画像だけでなく、神の奇跡だというような文言や、異常気象だ、怪奇現象だというコメントもたくさんあった。

「だけどこんなの、私はじめて見たよ」
「節王の交代は数万年単位だからね」
「ええっ? 数万!? 梅咲君って何歳なの?」
「年齢は数えてないね。んーでも、日本が弥生時代っていわれてる辺りの記憶はあるかな」
「うっそ、それって西暦イコール年齢ってことじゃ」
「嫌……かな?」
「ううん! 嫌とかじゃなくって! ちょっとスケールが……」

 なにもかもが想定外だった。人間じゃないかもと思うこと自体、すごく突飛な発想だと思っていたから、自分的には心の準備が出来ていると思っていたのだ。だから、それ以上の地球規模というか宇宙規模の大きさに、ちょっとついていけないでいる。

「ああほら、氷河期って習ったでしょ? 氷期、間氷期を約十万年おきに繰り返すって」
「うん、習ったね」
「あれが冬の節王の大周期で、他の節王はいわゆる氷河期に入るまでに交代を済ませておく習わしなんだよ」
「十……万年、ですか」

 もう、脳が考えることを拒絶している。そんなスケールの妻に、私はなれるのだろうか……

「でね、早速で悪いんだけど」
「え? ああ、うん?」
「ご両親に結婚の許可をいただきに参りたいんだけど、どうかな」
「け……っ!」

 妻とか、結婚とか、ああもう……っ! さっきまで私の一方的な片思いだったはずなのに!

「……梅咲君に、お任せするよ……」
「ありがとう!」
「きゃ」

 ポップコーン咲きした満開の花びらを散らして、梅咲君が私をぎゅーっと抱きしめた。びっくりしたけれど、春の日向ぼっこのような暖かさと花の香りに包まれて、これ以上ない幸せを身体じゅうに感じながら、私は梅咲君の胸に顔を埋めた。