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 寄り道先は旧校舎裏。八重桜が満開なのだ。体育のときに遠目で見て、近いうちに側まで行きたいと思っていた。春は樹々が順番に花開く。梅が咲いて、桃が咲き、そしてソメイヨシノ、それが終わると、八重桜。学校のは枝垂れ桜で、なかなかの壮観なのだ。

 帰り仕度をしてスマホを携え、目的の場所を目指す。旧校舎は新しい二棟の校舎と少し離れた場所に位置しており、校庭を挟んだ反対側にある。学業のほぼ全ては新校舎で行っていて、旧校舎には資料室といくつかの部活動が使う部室があるのみだ。だからあまり人もおらず、桜の写真を撮るのにうってつけなのである。

 近くまで来てみると、やっぱり圧倒される大きさと美しさ。全景や、ぼんぼりのズームアップを次々とカメラに収めていく。よし、次は角度を変えて……あれ? なんで?

 八重桜の奥に、あり得ないものを見た。梅の木が満開なのだ。もうすぐ五月になろうというこの時期に咲いている花ではないはずなのに。

 それだけじゃない。その梅の木は、まるでダイヤモンドのパウダーを纏っているみたいにキラキラと光っているのだ。私はそのただならぬ光景に息を潜め、こっそりと近付いた。

 けれど、光る梅の木などはまだ序の口だった。側の物置小屋に隠れて光る梅の木をしばらく眺めていると、さらにあり得ないものを見てしまったのだ。

 幹がひときわ明るく光り、その眩しさに顔をそむけた私が次に目にしたものは、平安装束に少し似たファンタジーすぎる恰好の梅咲君だった。光の中からゆっくりと現れた梅咲君は、浮遊する羽衣をなびかせた天女風の女性を何人も従えて、それはもう、息を呑む別世界の人。

 梅咲君が梅の木のほうに向き直ってすう、と手を伸ばすと、従者たちが膝を折って深々とお辞儀をし、光の中へと還っていった。

 これはもう、梅咲君は確実に人間じゃない。しかも、なんだか凄く、位の高い立場に違いない。あまりにも神々しくて、凛々しすぎた。ドキドキと高鳴る鼓動を抑えられない。そんな私の目の前で、キラキラと踊る光の中の梅咲君がいつも通りの姿に戻っていく。気付けば、満開だった梅の木も元に戻っていた。

「梅咲君!」
「ああ、小松さん。どうしたの?」
「桜の写真、撮りに来たんだけど……梅咲君こそどうしたの?」
「え? ああ、忘れ物しちゃってね。教室に戻るところだよ」

 梅咲君は、私が一部始終を見たことに気付いていないようだ。至って普段通りに振舞っている。

「そうじゃなくって。ファンタジー版光源氏みたいな格好して満開の梅の木から出てきたでしょ」
「え?」
「それにずっと気になってたの。その角、そんな派手なのになんでみんなには見えてないの? 梅咲君、何者?」
「……大変だ。小松さん、それ本当? マジで言ってる?」

 梅咲君は、口もとを手で覆って、慌てたような雰囲気で俯き、少し考えこんでいるようだった。大変って、何だろう。仲良くなれたらいいなと思ったのに、もしかしたら私、地雷を踏みぬいてしまったのかもしれない。どうしよう、やっぱり黙っておくべきだったのかな。ああ、後悔先に立たずって、こういう時に使うのか……

「あー、いや、やっぱ見間違いかも。ゴメンね変なこと言って! 気持ち悪いよね、忘れて! じゃあね!」
「待って!」

 苦しい嘘で撤回してみるも、無理がありすぎていたたまれなくなり、私はその場から早く離れたかった。だけど駆けだそうとした瞬間、梅咲君が私の手首を掴んだ。驚いて振り向くと、さっきの姿に戻って顔を真っ赤にした梅咲君がいた。普段でも満開だと思っていた角は、ポップコーンがはじけたような密度の超満開になって、こぼれそうなほどの花を咲かせている。そんな梅咲君のただならぬ緊張感に、こっちまで緊張して、固まってしまった。

「こ、小松さん。驚かないで聞いて欲しい」
「う、うん。な、なにかな?」

 周囲の音は無になっていた。お互いの唾をのみ込む音が聞こえそうなくらいの静寂の中、梅咲君の口から発せられた言葉は。

「僕の妻になってください!」
「へっ?」