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「小松さん、次読んで」
「はいっ! えっと……」

 奇跡は続いていて、私は今、梅咲君の隣の席で授業を受けている。ただし、それは必ずしも良いことばかりではなく。春満開の角から漂う優しい香りと、イケメンすぎる横顔に気を取られて、授業に身が入らない。今だってついついボーっとしてしまって、名指しされたのにどこを読めばいいか全然聞いていなかった。

「(その次のページ、最初からだよ)」

 そんな私に小声で梅咲君が助け舟を出してくれた。ここ数日、緊張しておはようとかさよならの挨拶がやっとだったから、心臓が飛び出そうなほど嬉しかった。おかげで普段より噛み噛みで、恥ずかしかったけれど。

「あのっ、梅咲君! さっきはありがとう」

 授業が終わったあと、思い切ってお礼を言ってみた。

「ああ、お礼を言われるようなことじゃないよ。お役に立てて何より」
「う、うん」

 ニコリ、と梅咲君が笑った。同時に、角の先にあった梅のつぼみが、パっと咲いた。

「ん? どうかした?」
「う、ううん、何でもない! ありがとね!」

 咲いた花に目がいったのを梅咲君が不思議そうにしていたから、思わず逃げるようにその場を離れてしまった。聞けばよかったのに。ちょうどいいタイミングだったのに。私のビビリ!

「朋香ぁ、王子様と何話してたのぉ? なんかイイ感じに見えたぞ」
「えっと、その」
「へえ~、ふ~ん、いつから?」
「えっ」

 真央の視線から、ハートマークが飛んでくるのがわかる。そういえば、真央と田村君の話を聞くのがメインで、私のコイバナなんかしたことなかった。この感じ、梅咲君とは違う意味で緊張する。

「いつから、って言われると……小学校の時からなんだけど」
「えー! なんで今まで隠してたの!?」
「や、その、隠してた、っていうか、小学校のは好きっていうのと違うかもとか思ってたし、中学でよく見かけるようになってだんだん……て感じだからなんか言うタイミングもなくて……」
「へぇー。てか、それでM高志望とか?」
「ハイ。その通りデス。ゴメンナサイ……」
「なんだぁ、朋香って恋愛興味ないのかと思ってたよ。可愛いんだから、グイグイいっちゃえ!」

 真央にはよく可愛いとか言われるけど、今時のおしゃれな感じには馴染めなくて、自分ではモッサリしているほうじゃないかと思う。梅咲君の好みがどういう子なのかは分からないけど、よりどりみどりなんだから、少なくともこんな黒髪ひっつめノーメイクの地味子なんか眼中ないに決まっている。

 でも梅咲君、彼女作ったっていうのを聞いたことがない。BL好きの女子が男アイドルを組み合わせるみたいに、校内のイケメンと梅咲君を組み合わせて盛り上がっているのも、あながち嘘じゃないかもなんて言われたりもしているくらいだ。

 だから告白なんてとてもじゃないけど、無理。角の秘密からちょっと特別なお友達になれたらラッキー、そんなところ。

「あ、翔太きた! 今日デートだから先帰るね!」
「うん、じゃあねー」

 田村君のいる廊下へと走っていく真央の長いポニーテールを見送ったあと、私は少し寄り道をして帰ることにした。