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「もうすぐ結婚式かぁ~。いいなあ、中学生で結婚なんて明治大正浪漫って感じ!」

 期末試験の最終日、帰り支度を済ませた真央が寄ってきて耳打ちしてきた。

「んでも法律的にはまだ普通にカレカノだよ。うちの両親にだって話さないし、招待するのは梅咲君側だけだからね」
「でもいいじゃん! 絶対に素敵な結婚式だよ! なんてったって春の王子様だもん」
「まあねえ……」

 初めて梅の木から出てきたときの梅咲君を思い出す。あの神々しい、和とも洋とも少し違う、平安装束風の凛々しい出で立ち。梅咲君が言うにはあれは普段着なのだそう。普段着であんなに凛々しいなんて反則だ。結婚式ともなれば、きっともっと贅を尽くした美しい礼装なのだろう。想像するだけで気絶しそうである。そういえば、私はどんな格好をするのだろう……

「朋香、ニヤケすぎ。ってか、二人ともいつまで小松さん梅咲君って呼び合うつもりなの? それこそ夫婦になるっていうのに」
「あ、はは。実は私もちょっとは思ってるんだけどね。なんかタイミングがなくて」
「まあ、王子も俺様な感じじゃないもんね。結婚式のときに思い切って切り替えたら?」
「うん。頑張ってみる」
「真央!」

 廊下から田村君の声。私もこうやって梅咲君に「朋香!」とか言われてみたい。

「そんじゃね、朋香、梅咲王子!」
「また明日」
「じゃあね!」

 私の考えていることなど知りもしないであろう梅咲君が、にこやかに二人を見送る。こういうの、普通のカレカノならどっちから言うんだろう……男子から言って欲しいと思うのはワガママなのかな。

「僕たちも帰ろうか、小松さん」
「あ、うん」

「小松さん、だって」
「あの二人、いつも一緒だけど本当に付き合ってるように見えないよね」
「案外、A組から落第出さないように、とかって、学校から言われてるだけとかだったりね」
「だったらウケる。小松さんカワイソウ~」

 ヒソヒソと囁く声。以前の威嚇(?)効果が薄れてきたのか、最近は陰で私に何かするだけじゃなく、梅咲君に聞こえるように言う子たちも増えてきた。もちろん、梅咲君は黙っていない。

 言い返さないという意味では黙っているのだが。小さな嵐のようなものを起こして、言った子の机を倒したりする。ああ、もうカーテンが小さく揺れ始めている。

 ガタンっ!

「きゃぁ! もう何コレ。机の中身出ちゃったじゃん、サイアク」
「なんで急に風? しかもうちらだけとか」

 節王様、実は地味に恐ろしいのだ。

「それ以上はダメだよ、梅咲君」
「人に危害を加えたりはしないよ。だけど小松さんのことを悪く言うことは許したくないんだ」
「それは嬉しいけど……神通力ってやつ?」
「ううん、神様みたいに万能の力は僕たち精霊にはないよ」
「どう違うの?」
「精霊は『気』を操るんだよ。例えば、今みたいに風を起こすのは春風の気を使うんだ。あとは植物の成長を少し促進したり、虫も使える。だけど大きい生き物や知能の高いものは気では動かせないし、神様みたいに姿を変えたり、願いを叶えるみたいなことは出来ない」

 そっか。神様とは別の存在ということを、今までよくわかっていなかった。なんとなく似たようなものだと思っていたけれど、神様は神様で別にいるということを、初めて知った。

「そうなんだ。でもそれだけでもすごいね」
「王族や上級精霊は幼いうちに力の制御を覚えるから、そこから何が出来るか自分で探りながら徐々に色々なことを覚えていくんだよ」
「それ以外の精霊は?」
「力の制御自体が出来ないから、こういった能力はないに等しいね」
「へえ」
「だから、前も言ったように気が乱れると、力の制御ができない精霊たちが人間界で悪影響を及ぼすようになってしまうんだ」
「そっか、なんとなく繋がった!」

 ふいに、スマホが鳴った。ILNEだ。

「真央からだ。なんだろ」

 田村君と下校してる時にILNEしてくるなんて、滅多にない。というかたぶん初めてじゃないかと思う。それでも何の気なしにいつもの操作でトーク画面を開いた。

「う……そ」
「どうしたの?」

 目を疑った。信じたくなかった。何度も読み返した。なりすましじゃないかとも考えて、真央のプロフィール画面まで遡ったり、なにかあやしいリンクがついていないかも確かめた。けれど、それは紛れもなく真央からのものだった。

「田村君が……車にはねられたって……」
「なんだって!?」
「赤十文字総合病院だって! 行かなきゃ!」
「僕も行くよ!」
「体、大丈夫?」
「今そんなこと言っている場合じゃないよ!」

 私たちは、家とは反対方向の病院に向かって、景色が真っ白になるほど全力で走った。