私は、春が好き。
子供の頃からずっと。冬の寒さのあと、雪のあいだから顔を出すフキノトウやフクジュソウが、モノトーンみたいな景色に鮮やかな色を挿す、あの美しさと力強さが好き。そしてだんだんと樹々のつぼみが膨らんでいって、やがて、柔らかな香りをあたたかな風に乗せて、可憐な花が次々に咲きだす、そんな春が好き。
進学とか進級とか、そうやって節目になっているのも、好き。自然と階段を昇る足が軽くなる。
「あ」
「朋香! おはよー。うちらA組だよ!」
「ホント? Bじゃなくて? すごくない?」
A組の前でクラスの振り分け表を見ようとしたら、真央がいた。真央は一年からずっと一緒の親友で、去年おなじクラスだった田村翔太君と付き合っている。美男美女で、正直ちょっと羨ましい。
「あれ、田村君は?」
「翔太はD組。クラスどころか校舎も別になっちゃったけど、朋香と一緒なの最高!」
「D組は、そっかB棟かぁ。クラス多すぎだよね」
「うん、翔太バカすぎ。受験前の少人数制はいいけどねぇ」
「はは……相変わらずバッサリだね」
うちの学校は、三年に上がると成績に応じて細かくクラス分けされる。AからFまで、約十五名くらいずつ。私と真央は志望する高校も同じくらいのランクだから、また一緒になれるかなって予感はしていた。でもB組だと思っていたから、精鋭揃いのA組とは、かなりびっくり。
「あ、ねえ。やっぱりトップでA組だね、王子様」
「ほんとだ。ずっと一位だよね、すごいねぇ」
「国宝級のイケメンで成績優秀、スポーツ万能、おまけに性格もいいって、前世でどんだけ徳積んだらそうなるのって感じだよね。むしろ神なんじゃないのってぐらい」
「あはは、徳って! でも本当にね、人種違うよね……」
真央が王子様と言ったのは梅咲春君。小学校からずっと同じ学校の男子。中学はみんなこのへん住みの子が集まるから、同じ小学校からの生徒は多い。梅咲君は小学校時代、そんなに目立つタイプではなかった。というか体が弱くて、ほとんどの時間を保健室や校長室で過ごしていて、みんなの視界に入っていなかったというのが正しいかもしれない。
そんな梅咲君がだんだん元気になってきて、中学に入る頃にはみんなと一緒に授業を受けられるようになって、それどころか運動神経もすごく良いことも判明して、体が弱かったのが嘘みたいだった。おまけに真央も言っていたようにイケメンで頭が良くて性格もいいものだから、モテないわけがない。今やファンクラブのようなものまである。
だけど……、梅咲君には、たぶん秘密がある。というか、本当に人種が違うんじゃないかと、私は思っている。人種というか、種族? 自分でも馬鹿げたことを考えていると思うけれど、梅咲君は人間ではないんじゃないかと、思っている。
……梅咲君の頭には、角が生えているのだ。
角といっても、鬼の角とか、羊の角みたいな普通(?)のやつじゃない。鹿の角みたいな大きな枝に、桜や梅、モクレンとかミズキなんて風に、春の花木が満開なのである。頭の上に豪華な生け花が飾ってある、そういう感じだ。
私がそれをはじめて見たのは、忘れもしない小学一年のとき。梅咲君は四月の終わり頃に転校してきた。体と同じくらいの大きくて綺麗な頭飾りを付けた、変わった子だというのが第一印象だった。
だけど先生もそれについて何も言わないし、他の子もまるで見えていないみたいに話しかけていた。だから私はなんだかそこに触れてはいけないような気がして、遠巻きに見ていたのを憶えている。
能や神社のお祭りとかで『春の神様』なんて役があったら、きっとこんなふうなんじゃないかと想像して眺めていたのだ。
でも梅咲君は転校早々に体調を崩して、すぐに帰ってしまったし、それ以降は登校しても教室には来ず、会うこともなくなった。そうこうしているうちに二年になってクラスも変わり、接点がまるでなくなってしまって、今に至る。
相変わらず私以外のみんなにはあの派手な角が見えていないらしく、毎日飽きるほど聞こえてくる梅咲君の話題にも角については一切ナシだ。なんで他の人には見えていないのだろう、それが本当に不思議で仕方ない。
そんな疑問を持ち続けている上に、中学に上がってからの梅咲君が私の目を惹かないわけはなく。私も梅咲君に片思いをしている女子のうちの一人だったりする。
真央が将来を考えて一生懸命勉強している横で、私は梅咲君が志望している高校に行きたいがために勉強をしている。そんな浮ついた志望動機でも無事A組になれたことは、本当に奇跡だと思う。
真央と一緒になれたのも嬉しいけれど、ずっと接点がないままだった梅咲君と同じクラスになれた。だから。
今度こそ絶対に訊いてみるんだ。あの角のこと。もしかしたら悪い妖怪とかかもしれないって確率もゼロじゃないけれど、『春』なんて名前で春満開の角なら、きっと良い妖怪に違いない。だったら怖くない。仲良くなりたい。そう思っている。
だって、知っているんだ。梅咲君が笑うと、ポンっと角に花が咲く。そんな梅咲君が悪い妖怪のわけがない。もしかして本当に春の神様かも……? とにかく神でも妖怪でもいい。春好きの私が、春の関係者かもしれない人物と仲良くなれるこの絶好の機会を逃す手はないのだ。