「その様子じゃ、追い出されたか」

聞き覚えのある低い声に、私はぴたりと足を止めた。
すらりとした長身の着物姿の男性が、壁際に立って薄く笑みを浮かべている。
さっきの人……。
やっぱり見間違いなんかじゃなかった。どこをどう見たって透けている。
「あなた、なんなんですか……?」
「見てわからないか?」
心外とでもいうように言われて、私はむっとする。
「わ、わかります、あなたが普通の人じゃないってことくらい。あなたのせいで、今日は散々だったんですから」
「何を言ってる。邪魔をしては悪いと一応気を遣って退散したのに、結果そうなったのは自分のせいだろう」
「う……っ」
痛いところを疲れて、私は声を詰まらせる。
「それより大丈夫か?またひとりで喋ってる変な女になってるぞ」
「はっ」
またしても注目を浴びていることに気づき、早急に退散した。とりあえず、ひと気のない階段を見つけて腰を下ろした。
「大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「……疲れてるだけです」
「そうか。なら、あそこへ行こう」
彼は言って、私を無理やり立ち上がらせた。
「あの、行くってどこに?」
「6階だ」
彼は楽しげな口調でそう言って、私の腕を掴んだ。実際には触れていないのに、不思議な感触があった。