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なんだったんだろう、さっきの。
頭が混乱しすぎて、仕事に全然身が入らない。
人間が透けているなんて、どう考えてもおかしい。
しかもどういうわけか、他の人には彼が見えていないようだった。
つまり、人間じゃない?もしかして、幽霊とか?
学生時代、友人たちの間で怪談話が流行っていた。
番長皿屋敷や四谷怪談、そういう話に出てくる幽霊たちは、たいてい頭から血を流していたり足がなかったり、恐ろしい姿で人を怯えさせる存在だった。当然だ。怪談というものは人を怖がらせるためにあるのだから。
でも、あの人は、全然怖くもなく、怖がらせようとするでもなく、むしろ困っているところを助けてくれた。それにあんな美青年の幽霊なんて、怪談には出てこなかった。
とにかくあの人にお礼を言おうと思ったら、もういなくなっていた。人が突然現れて、突然煙のように消えるなんて。そもそもあれは幻覚で、最初からそんな人いなかったんじゃ……。
「立石さん、今日はもう帰っていいわよ」
妙子の声に、私はハッと我に返った。
「えっ、でもまだ仕事が……」
「さっきからぼうっとしてばかりで、全然仕事になっていないじゃない。邪魔だから帰ってって言ってるの」
「……ごめんなさい」
「しっかりしてちょうだい。あなたがダメだと、教育係の私まで責任をとらされるんだから」
容赦なく浴びせられた冷たい言葉に、私は呆然と立ち尽くした。
私は私服に着替えて、とぼとぼと従業員用の出入り口に向かいながら、はあ、とため息を吐いた。
ほんと、なにやってるんだろう私……。
午後5時。店内にはまだお客さんがたくさん行き交っていて、私もいつもならまだ慌ただしく動き回っている時間帯だ。賑やかな空気が、余計に虚しさに拍車をかけた。