どうしたんだろう。
何をあんなにじっと見つめて、かと思えば急に消えたりして……
何かあったんだろうか。
しんとした、ひと気のない館内。
ホールの中にはあんなに大勢の人がいるのに、そんなこといっさい感じさせない静けさだ。
人はいないはずなのに、なんだか別の種類の気配を感じる。
なんだかざわざわとした、得体の知れない感じ……私は思わず身震いした。
あの騒動以来、そういう存在に敏感になっているのかもしれない。
誠一郎さんの姿が見えない。
どこに行ったんだろう……。
照明だけが煌々と光る廊下を歩きながら、ふと、足を止めた。

『夜はよくここに来るんだ』

と前に彼は言っていた。
そうだ。屋上だ。

私は食堂の脇の通路を通って、屋上に続く短い階段を上り、扉を開けた。
ほのかな風が静かに夜を流れている。空にはたくさんの星が散りばめられ、星空が薄く彼の後ろ姿を照らしていた。柵越しに立って何かを眺めている。
「誠一郎さん……?」
「香代子」
誠一郎が振り返って、驚いたように私を見た。
「どうしたんだ。まだ式典の最中だろう」
「誠一郎さんの姿が見えたから、抜けてきちゃいました」
私はえへへと笑って隣に立った。
「さっき、何をあんなにじっと見つめていたんですか?」
「ああ。社長だ」
と誠一郎は言った。
たしかに、さっき、誠一郎は社長の顔を何やら思い詰めたような顔でじっと見つめていた。

えっ、もしかして、社長が誠一郎さんの思い人!?
いやいや、それとも恨んでいるとか?
何かよからぬことを企んで……暗殺とか……

「せ、誠一郎さん、よく考えてくださいっ!」

私は思わず叫んだ。
「は?何を言っているんだお前は?」
「え、だって誠一郎さん、社長のこと殺そうと……」
「阿保。そんなわけないだろう。あいつは俺の弟だ」
きっぱり言われて、私は固まった。
「弟?」
社長の姿を思い浮かべてみる。歳は40歳かそこら、薄毛に脂っこく光った顔、背は小さくずんぐりと太っていて足は二頭身のキャラクターのように太くて短い。
「え?それは血の繋がった兄弟という意味で?」
「そうだ」
「…………」
なんというか、同じ血が流れていてもこんなにも違う姿になってしまうものなんだな。
でも、そうか。誠一郎さんも生きていれば、そんなにも年上の人だったんだ。
……ということは、あれ?
「も、もしかして、誠一郎さんが健在なら、今頃誠一郎さんが社長になってたってことですか?」
「そうなるな。昔、香代子に出会った頃、ちょうど父親の後を継いで社長に就任しようという時だった」
「ええっ!」
「でも、結局、それは叶わなかった」
「なんで……」
「後継者として結果を出そうと働きすぎて、過労で倒れたんだ。自分の体力が限界までなくなっていることにすら気づかなかった。危機管理、経営者として一番大切なことを怠った結果だ」
誠一郎は淡々と語っているけれど、悔しさややらせない気持ちが、痛いくらいに伝わってくる。