7月初旬のある夜。
星野百貨店は創立記念日で全館休業、6階にあるホールで、25周年記念式典が開かれた。
壇上では、ちんまりとした小太りの社長がマイクを手に挨拶をしている。
「私ども星野百貨店が前身の呉服商から百貨店事業に乗り出して25年、ここまで来られたのもやはりなんといっても皆さまのお力添えのらお陰でありまして……」

「ふああ、社長の話長いわよねえー」
隣で麻美が欠伸を噛み殺しながら言う。
「麻美ちゃん、おさえておさえて、もう少しで終わるはずだから、たぶん……」
たしかに、猛烈に長かった。その下り、もう始まってから3回くらい聞いてる気がするんだけど。
あれほど騒ぎになった騒動も、物が返ってきたことで一日にして解決し、何事もなく日常に戻ったわけだけれど。
麻美はあの後、混乱に便乗して香水を盗んでしまったことを自己申告し、妙子や上司にこっぴどく絞られ、1週間の自宅謹慎をしていた。謹慎が解けて、来週からは、また一緒に働けることになった。
大丈夫かなとひそかに心配していたけれど、まったくもっていつも通りの麻美の様子に、私はホッとした。
「香代子ちゃん、着物新調したのね。すごく素敵よ」
「ありがとう」
私は照れて言った。
麻美は買うかどうか迷っていたけれど、お姉さんのを借りたという。流行りのモダンな柄が、麻美によく似合っている。
誠一郎に選んでもらった、私の新しい朱色の着物。いちばんに見てもらいたかったのに、どこにも見当たらない。
キョロキョロ辺りを見回していると、
「香代子ちゃん、もしかして誠一郎さんを探してるの?」
「う……うん」
戸惑いながら頷くと、麻美が呆れたようにため息を吐いた。
「ほんと、香代子ちゃんの呑気さには感心するわ。相手は幽霊なのよ。結婚できないのよ。のんびりしてるとすぐにお見合いさせられちゃうわよ。私、このパーティーにかけてるんだから」
「そ、そうね……」
ついこの間まであんなに応援してくれていたのに、ものすごくわかりやすい手のひら返しだ。
呆れられるのも仕方ない、と思う。
未来も何もない、それどころか生きてすらいない人が好きだなんて、自分でもどうかと思うし。
でも……
「あっ」
壁際に、誠一郎が立っているのが見えた。
誠一郎はまだ長々と挨拶を続けている社長をじっと見つめ、そして、ふっとどこかに消えた。

誠一郎さん……?

「ごめんね、麻美ちゃん、私、ちょっと行ってくる」
「えっ、どこに?」
麻美が驚いて私を見た。
「わかんない!」
「ええ?あっ、香代子ちゃん……!」
麻美の声を背に、私は走り出した。