◯
盗難事件から発生した幽霊騒動。
噂話は止まることを知らず、
「聞いた?化粧室の幽霊の話」
「階段にも出るって聞いたわよ」
「そうそう、4階の階段の4段目に考える人みたいな男の影が見えるって」
「そういえば昔その階段から落ちて亡くなった人がいるとか」
「呉服売り場の子がお尻を触られたらしいわ」
「この更衣室にもいたりして」
「ええーやだーっ」
私はなんだか、誠一郎の悪口を聞いているみたいで、耳が痛かった。
彼女たちの話題には入らずに、黙々と着替えて帰ることにする。
麻美は仕事が終わるといつの間にかいなくなっていた。
こんな時に呑気にデートだろうか。
いや、騒いだところで私たちに何かできるわけでもないし、普段通り、麻美のように楽しいことをしているほうがむしろいいのかもしれないけれど……。
全体に、不安の影が忍び寄っているのがわかる。きっと、そういう雰囲気がみんなにおかしなものを見せているんだ。
ずっとここにいる誠一郎なら、何か知っていてもおかしくなさそうなのに、ずっと会えないままだし……。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま外に出た。真っ直ぐ家に帰る気分になれなくて、意味もなくいつもとは違う道を選んで歩く。
雨上がりに濡れた街灯の灯る夜道を、コツコツと傘をつきながら歩いていると、ふと、見慣れた姿が視界に入った。
麻美だった。楽しそうに声を上げて笑っている。その隣には、見知らぬ男性が。
えっ、どうしよう、こっちに歩いてくる……!
私はなぜか動揺してしまい、でもとっさに隠れる暇もなく、麻美が私に気づいて、あっ、と足を止めた。
「香代子ちゃん!」
麻美は気まずそうな様子もなく、明るく私に話しかけてきた。
「こんばんは」
品のいい帽子をかぶった洋装の男性が、穏やかな笑みを浮かべて挨拶をする。
「こんばんは……えっと」
「こちら、高橋さん。この前話した方よ。高橋さん、こちらが仲良しの同僚の香代子ちゃん」
「ああ、彼女からよくお話を聞いてます」
「はあ、どうも……」
「また明日ね、香代子ちゃん」
「うん、また明日」
麻美は嬉しそうにてを振って、私の横を通り過ぎた。
その時、私は違和感を感じた。
麻美ちゃん……?
夜の街を行くふたりの後ろ姿を見つめながら、私は心臓が波を打つのを感じていた。