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「連日最近立て続けに盗難が起こっていますが、昨日、またこの1階の売り場で盗難がありました」
朝礼で、妙子が疲れきった顔で言った。
「昨日なくなったのは香水です。前日入荷したばかりの舶来品で、注目度も高いため注意はしていたのですが……」
その香水は丸みを帯びた可愛らしいデザインと、さっぱりとした大人の女性らしい香りが評判の人気商品だった。
「そんな、また1階なんて……」
「やっぱり幽霊の仕業なんじゃないかしら」
「きっとそうよ。私この頃、変な気配を感じるし」
「あなたも?じつは私も……」
不安を分け合うようにささやき合う従業員たちに、
「幽霊なんていません」
妙子はきっぱりと言い切った。
「不安からそういう不確かな存在に責任を押しつけたくなる気持ちはわかります。でもこれは間違いなく人の仕業です。必要以上に不安を煽らないように。それと、これ以上続くようなら被害届を出すということなので……」
本格的に、大ごとになってきた。
パーティーなどと浮かれている場合ではないかもしれない。
不安を抱きながらも、店は時間通りに開き、外で待っていた人たちが流れ込んできて、慌ただしい朝が始まった。
お客さんたちは、店の中で起こっている事など何も知らないのだ。お客さんにはいつも通り買い物を楽しんでもらいたい。
不安が伝わらないよう、私はいつも以上に笑顔を心がけた。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
「新しい香水が欲しいのだけど」
「はい、あちらにございます」
昼休みの少し前、妙子に呼ばれた。
「立石さん、ちょっと来て」
「はいっ」
また何か怒られるのかな……とびくびくしながら行くと、
「やるじゃない」
といきなり褒められた。
「えっ?私、なにかしましたっけ?」
「みんな朝の話で緊張しちゃっているようだけど、あなたはいつも通り、というか、意識して笑顔でお客様に接しているでしょう。当たり前のようで、なかなかできないことよ」
妙子はいつもの怖い顔と違って、柔らかく微笑んで続けた。
「私があなたを怒るのは、期待しているからよ。期待していなければ放っておくわ。秋には研修期間が終わるし他の売り場に移してもらえばいいだけだもの」
「妙子先輩……」
「期待、裏切らないでよ。その調子で頑張って」
ぽんと軽く肩を叩いて、妙子はくるりと背を向けて早足で歩いていった。
私は妙子の後ろ姿を見ながら、自然と頰が緩んでいた。
仕事に戻ろうとして、ふと、後ろを振り返る。
……やっぱり、いないか。
あれ以来、誠一郎の姿を見ていない。
当たり前のように、毎日顔を合わせていたのに。
同じ建物の中にいるはずなのに……
会わないことは、こんなにも簡単だったんだ。