盗難騒動は、こちらの反応を面白がるように、立て続けに起こった。
宝石の次はハンカチ、傘、着物の帯留め、紳士用の帽子、万年筆や画集など、盗みに入られる売り場も品の種類も値段もまるでばらばらで一貫性がなく、完全に物欲しさというよりは盗むという行為に味をしめて楽しんでいるようにしか見えない。
誰にも姿を見られずに短期間でそんなにも多くの盗みを働けるなんて只者じゃないと噂になり、やがて幽霊騒動にまで発展した。

「香代子ちゃん、聞いた?ここ、出るらしいわよ」
とある日麻美が青ざめた顔で言ってきて、
「そ、そうみたいね。怖いわね……」
出るどころか、その幽霊と毎日話をしているんですけど、むしろ片思いまでしちゃっているんですけれど、なんてこのタイミングでは絶対に口が裂けても言えないな……と私は違う意味で青ざめながら思った。

仕事が終わった後、私は急いで誠一郎を探した。なかなか見当たらないと思ったら、書店の隣の椅子で呑気に本を読んでいた。手のひらの数センチ上に本がふわふわと雲のように浮いて、音もなくページがめくられる。
「誠一郎さんっ」
私は本を取り上げた。
「なんだ?」
誠一郎は邪魔されて不服そうに顔を上げる。
「なんだじゃないですよ。売り物を勝手に持ち出しちゃダメでしょう。そういう勝手なことするから余計に騒がれるんですよっ!」
「それは大変だな」
騒動にはまったく興味がないといった態度に、私はカチンときた。たしかに関係ないかもしれないけれど、なんとなく突き放された気がした。
「とにかく、いま変わったことすると注目浴びやすいんだから、少し気をつけてください」
私はがくりと項垂れて言った。
「気をつけてどうする?」
「えっ」
誠一郎は面倒くさそうに私を見た。
「幽霊だのなんだの騒がれたところで俺にはなんの関係もないし騒ぎたければ騒いでいればいい。放っておけばそのうち収まるだろ」
「そんな……怖がってる人がいるんですよ。毎日ここで働いているのに、怯えながら働かなきゃいけないんですよ。誠一郎さんだって、店員さんだったならわかるでしょう、そういう気持ち」
「もう忘れたな。そんな昔のこと」
誠一郎は言った。
どうしたんだろう。今日の彼はいつもとどこか違う。
「まさか」
私はおそるおそる言った。
「盗んだ犯人、誠一郎さんじゃないですよね……?」
否定してくれると思った。
そんなわけないだろって、いつもみたいに笑って。
なのに、
「そう思いたければ、そう思えばいい」
「な……」
誠一郎は私の手から本をひょいと抜き取り、ふんと息を吐いて、再び本に目を落とした。もう私のほうを身もしないで。
「……もういいです」
私は泣きたくなるのを堪えて、くるりと後ろを向いて階段を駆け下りた。

どうしてこうなってしまうんだろう。
心配していたはずなのに。
関係ないことをあることないこと言われて、嫌な思いをしているんじゃないかって、思っていたのに。
どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
わかりたいと思った。
力になりたいと思った。
一緒にいたいと思った。
好きだと思った。
でもどの気持ちも全部、どかにもいけないまま消えていくしかないんだろうか。
生きている人間と幽霊では、わかり合うこともできないんだろうか。
ねえ、誠一郎さん。
何を隠してるの?
本当のこと教えてよ。
そんなことしてないって、ただ一言、言ってほしかっただけなのに……。