何度も試着することなく、即決で購入した。
思いきったことをしたなと思う。でもいい生地は長く使えるし、これは絶対に長く着続ける自信がある。
「ありがとうございました。おかげでとてもいいお買い物ができました」
私は言って、それと、と続けた。
「もしかして、誠一郎さん、昔、私に着物を選んでくれた店員さんだったりします?」
私としては勇気を出して言ったのに、
「いま気がついたのか」
とあっさり返された。
「初めに会った時に言っただろう、わからないのかと」
「わからないです……!」
売り場のことや着物に詳しいから、きっと星野百貨店の従業員だったのだろう、と思っていた。でも、まさか誠一郎さんが、あの時の店員さんだったなんて。
だって、10年以上も前のことだ。
まだ子どもだったし、あの時は新しい着物を買ってもらうことで頭がいっぱいで、店員の顔なんてちゃんと見ていなかった。
それなのに、また会えたらお礼を言いたいなどと思っていたなんて、考えが子どものまま止まっていて笑ってしまうけれど、
「でも、覚えていてくれたんですね」
毎日何百人と相手をしていたであろう中のたったひとり、小さな子どもだった私のことを、覚えていてくれた。それが、すごく嬉しかった。
「ここに来る客はみな楽しそうに買い物をしていくが、君ほど目を輝かせている子も珍しかった。目の中に星を入れているみたいだった」
誠一郎は懐かしそうに目を細めて言った。
あの時の店員さんに、また会えた。でも彼はもう、死んでしまったのだ。
いまでも彼はここにいて、私と話をしているけれど、それはきっと、彼の魂、彼の半分で。
現実の彼の体、もう半分はどんな経緯かわからないけれど形を失くし、私以外には誰にも見えず存在を認められない幽霊になってしまった。
そして、ここから出ることさえ叶わなくなってしまった。
いつもふらりと現れ、飄々としているからわからなかった。
なぜ彼はいまもここにいるのか。
苦しいから、何か思い残したことがあるから。
誰かの力を必要としている、前に彼はそう言っていた。
私は、彼のために、いったい何ができるのだろう。
「ところでそれ全部、ひとりで持って帰るのか?」
唐突に言われて、一瞬なんのことかわからなかった。
「え?」
それ、と指されたのは、たった今購入した代物を入れた大きな袋。
持ち上げてみて、
「重……っ!」
あまりの重さにどすんと落としてしまった。
「そりゃ重いだろ。一式買ったんだから」
「そうですよね……」
「もう、それならそうと早く言っておいてちょうだい。慌てて出てきたじゃないの」
公衆電話で呼び出して来てもらった母が、ぶつぶつ文句を言う。
目の前に立つ誠一郎に、私は小さく手を振った。
「どうしたの?早く行くわよ」
「うん」
扉が閉まり、彼の姿が見えなくなる。
私にしか見えない人。
私が子どもから大人になった10年の間、彼はずっとあのままで。
いつからかわからないけれど、ずっとあそこにいて。
私になにかできることがあるなら力になりたい、苦しみから解放させてあげたい、そう思ってる。
でも、一緒にいる時間が、楽しくて、ずっと一緒にいられたら、と願ってしまった。
私、誠一郎さんのことが、好きだ。
初めて、はっきり、そう確信した。
決して叶うことのない恋。
この気持ちはいったい、どこに向かうんだろう。
思いきったことをしたなと思う。でもいい生地は長く使えるし、これは絶対に長く着続ける自信がある。
「ありがとうございました。おかげでとてもいいお買い物ができました」
私は言って、それと、と続けた。
「もしかして、誠一郎さん、昔、私に着物を選んでくれた店員さんだったりします?」
私としては勇気を出して言ったのに、
「いま気がついたのか」
とあっさり返された。
「初めに会った時に言っただろう、わからないのかと」
「わからないです……!」
売り場のことや着物に詳しいから、きっと星野百貨店の従業員だったのだろう、と思っていた。でも、まさか誠一郎さんが、あの時の店員さんだったなんて。
だって、10年以上も前のことだ。
まだ子どもだったし、あの時は新しい着物を買ってもらうことで頭がいっぱいで、店員の顔なんてちゃんと見ていなかった。
それなのに、また会えたらお礼を言いたいなどと思っていたなんて、考えが子どものまま止まっていて笑ってしまうけれど、
「でも、覚えていてくれたんですね」
毎日何百人と相手をしていたであろう中のたったひとり、小さな子どもだった私のことを、覚えていてくれた。それが、すごく嬉しかった。
「ここに来る客はみな楽しそうに買い物をしていくが、君ほど目を輝かせている子も珍しかった。目の中に星を入れているみたいだった」
誠一郎は懐かしそうに目を細めて言った。
あの時の店員さんに、また会えた。でも彼はもう、死んでしまったのだ。
いまでも彼はここにいて、私と話をしているけれど、それはきっと、彼の魂、彼の半分で。
現実の彼の体、もう半分はどんな経緯かわからないけれど形を失くし、私以外には誰にも見えず存在を認められない幽霊になってしまった。
そして、ここから出ることさえ叶わなくなってしまった。
いつもふらりと現れ、飄々としているからわからなかった。
なぜ彼はいまもここにいるのか。
苦しいから、何か思い残したことがあるから。
誰かの力を必要としている、前に彼はそう言っていた。
私は、彼のために、いったい何ができるのだろう。
「ところでそれ全部、ひとりで持って帰るのか?」
唐突に言われて、一瞬なんのことかわからなかった。
「え?」
それ、と指されたのは、たった今購入した代物を入れた大きな袋。
持ち上げてみて、
「重……っ!」
あまりの重さにどすんと落としてしまった。
「そりゃ重いだろ。一式買ったんだから」
「そうですよね……」
「もう、それならそうと早く言っておいてちょうだい。慌てて出てきたじゃないの」
公衆電話で呼び出して来てもらった母が、ぶつぶつ文句を言う。
目の前に立つ誠一郎に、私は小さく手を振った。
「どうしたの?早く行くわよ」
「うん」
扉が閉まり、彼の姿が見えなくなる。
私にしか見えない人。
私が子どもから大人になった10年の間、彼はずっとあのままで。
いつからかわからないけれど、ずっとあそこにいて。
私になにかできることがあるなら力になりたい、苦しみから解放させてあげたい、そう思ってる。
でも、一緒にいる時間が、楽しくて、ずっと一緒にいられたら、と願ってしまった。
私、誠一郎さんのことが、好きだ。
初めて、はっきり、そう確信した。
決して叶うことのない恋。
この気持ちはいったい、どこに向かうんだろう。