「やっぱり、香代子は赤が似合うな」
と隣から声がした。
「え?」
驚いて見ると、誠一郎は微笑んで、それから売り場をざっと眺めて、
「その着物なら、半襟はあれが合う。帯はあれ、帯留めはあれかな」
「ええ?」
隣に立ってただ眺めていただけなのに、次々と指定していく誠一郎。まるで何がどこにあるのか、全体の景色を隅々まで把握しているようだ。
「気に入らなければ、幾つか試してみるといい」
「でも、忙しいのに迷惑になるんじゃ」
「今日は客として来てるんだろ。なら気を違う必要はない。何度も試してみたほうが、気に入ったものを選べるからな」
私は驚いた。その言葉に、聞き覚えがあったから。
え?もしかして、誠一郎さんって、もしかして……
「なんだ?」
「い、いえっ」
戸惑いながら店員に伝えて、着物と小物一式を用意してもらった。
出された物を見て、直感した。
これ、すごくいい。なんて素敵な組み合わせだろう。
まだ着てもいないのに、ほんの一瞬で組み合わせを頭の中に思い描けるなんて、やっぱりこの人、只者じゃない。
隣をチラリと見ると、
「さあ、早く」
と急かされた。その言い方はどこか、早く着替えたところを見たくてうずうずしているように聞こえた。
「じゃあ、お願いします」
「はい、お手伝いいたします」
店員と一緒に試着室に入り、着付けを手伝ってもらう。
普段の地味な色合いの着物を脱いで、半襟を羽織る。着物に袖を通し、帯揚げ、帯、帯締めの順に腰に巻き、最後に薄紫の菱型の帯留めで留めて、くるりと向きを変えて鏡を見る。
「わあ……」
思わず感嘆の声を上げた。
見違えるように華やかに変身した自分が鏡に映っている。
「すごく素敵ですね」
店員もぱっと笑顔を輝かせて言った。
「ありがとうございます」
お決まりの台詞だけれど、嘘ではないとわかる言い方だったので私は嬉しくなって、試着室のカーテンを開けた。
向かいの壁側に立っていた誠一郎が体を起こして、目を開いた。
「どうかな?」
私は真っ先前を見て言った。
そばに立っている店員は、いったい誰に言っているのだろうと不思議に思っているだろう。でもそんなこと、どうでもよかった。
一番に、誠一郎に見てもらいたかった。
「香代子」
と誠一郎は嬉しそうに言った。
「すごく、きれいだ」