星野百貨店の前身は呉服屋だったということもあり、呉服売り場は売り場の中で最も華やかで力を入れている場所だ。
休憩は麻美と一緒ではなかったので、ひとりで呉服売り場を覗いてみた。
もちろんひとりとは言っても、背後霊のように後をついて歩く誠一郎も一緒なわけだけれど。
おそるおそる値段を見てみると、
「高っ……!」
予想をはるかに超えた数字に目が飛び出しそうになった。
「こんなものだろう」
と誠一郎が当たり前のように横に立って言う。
「庶民には高級品なんですっ」
季節の変わり目や行事の度に着物を新調できるなは、一握りのお金持ちだけ。百貨店で着物を買うこと自体、庶民にとってなかなかの贅沢なのだ。安く売っている店なら、他にいくらでもあるのだから。
でも、私はどうしても、ここで買いたかった。
ずっと憧れていた百貨店に就職し、その会社あげての大きなお祭りだ。特別な日には、特別な場所で服を買いたい。そう思うことは間違いじゃないはずだ。
でも、
「ううう、やっぱり高い……っ!」
もう一度おそるおそる値札を覗き見て、私はがくりとうなだれた。特売だろうと社員割引を使おうと、高いものは高い。
いっそこの数字を書き換えてしまえば……
「犯罪者の目になってるぞ」
「はっ」
危なかった。もうすぐで実行するところでした。
「何かお探しですか?」
呉服売り場の女性店員ににこやかに笑いかけられ、
「い、いえ、ちょっと見てただけで……」
「そうですか。ではごゆっくりー」
「買わないならさっさと帰れ」という無言の圧力に押されて、私はいそいそと呉服売り場から退散した。