「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
微笑んで頭を下げると、藤色のワンピースにリボンの髪飾りをつけた小さな女の子が、ばいばーい、と笑顔で手を振ってくれる。肩にレースのショールをかけた母親と手を繋いで、雑踏の中に消えていく。

日曜日の午後、売り場は切れ間なく人で混み合っている。一番多忙な時間聞には、会計台の前にずらりと長い列ができる。あたふたする私の隣で、先輩社員の斉藤妙子が鮮やかに列を捌いていく。
さすがだなあと感心していたら、ちょうど列が途切れた頃に、妙子が鋭く私を睨んだ。
「立石さん、あなたさっきまたお釣りの勘定を言い間違えてたでしょう」
「う……すみません」
やっぱり気づかれていた。すぐに訂正したのだけれど、彼女の恐るべき地獄耳は騙せなかったようだ。
「まったく、これで何度目かしら。しっかりしてちょうだい」
何度目かと言われても、言い間違いなんて頻繁にありすぎて、自分でもわからない。
私は消え入る声で、はい、と答えた。

この星野百貨店に入社して、一ヶ月。ついにここで働けるんだ、と張り切って仕事に挑んだものの、現実はこの有様。
あまりの覚えることの多さと忙しさに目が回り、失敗の繰り返しで、先輩に説教される苦難の日々。

ふと、会計台の向こう、人々の足が忙しく行き交う合間に、キラリと光る物が見えた。
「あっ」
「なに?」
妙子がまだ怖い顔のまま言った。
「あの髪飾り、さっきの女の子がつけていたものです」
踏まれそうになっていたところを、慌てて拾って避けた。
「まだ間に合うかも……私、探してきます」
「この人混みだから、難しいかもしれないわね。見つからなかったら落とし物に届けるのよ」
「はい、行ってきます!」
私は言って、髪飾りを手にさっきの母娘を探してかけ出した。