6階の食堂の脇の通路から、屋上に続く階段がある。
屋上の扉を開けると、ほんのりと冷たい風が吹いていた。月も星も見えない夜。真っ暗だった。
暗闇の中にあるのは、動きを止めた夜の遊園地。真っ暗な観覧車やメリーゴーランドは1日の仕事を終えて、疲れて眠っているみたいだ。
「夜によくここにくるんだ」
と誠一郎は言った。
昨日、通りから屋上の柵越しに人影を見たのを思い出す。
やっぱり、あれは、誠一郎さんだったんだ。
昨日は下から見ていた建物を、今日は上から見下ろしている。
夜が深まった通り、ぽつぽつと暗闇にろうそくを灯すように立っている街頭、黒々と風に揺れる街路樹の葉、まばらに行き交う人や車。
「ここで、何を見てるんですか?」
私は言った。
「何も」
と誠一郎は答えた。
「昔のことを思い出してる」
寂しげな横顔に、私は返す言葉が見つからなかった。
「……でも、最近はあまり思い出さなくなった」
と誠一郎はぽつりと言った。
「香代子のおかげだ」
「え……?」
「お前といると、楽しいから」
暗闇の中、まっすぐに私を見る目に、心臓がドキドキと鳴る。
……なんで。暇つぶしだって言ってたくせに。
「今日はいつもと違うな。きれいだ」
そう言って、誠一郎の手が、私の頬に触れそうになる。
触れるか、触れないかの距離。
でも、触れられないのは、わかっている。
こんなに近くにいるのに、届かない。
そのことがこんなにもどかしいことだなんて、私はいままで知らなかった。
屋上の扉を開けると、ほんのりと冷たい風が吹いていた。月も星も見えない夜。真っ暗だった。
暗闇の中にあるのは、動きを止めた夜の遊園地。真っ暗な観覧車やメリーゴーランドは1日の仕事を終えて、疲れて眠っているみたいだ。
「夜によくここにくるんだ」
と誠一郎は言った。
昨日、通りから屋上の柵越しに人影を見たのを思い出す。
やっぱり、あれは、誠一郎さんだったんだ。
昨日は下から見ていた建物を、今日は上から見下ろしている。
夜が深まった通り、ぽつぽつと暗闇にろうそくを灯すように立っている街頭、黒々と風に揺れる街路樹の葉、まばらに行き交う人や車。
「ここで、何を見てるんですか?」
私は言った。
「何も」
と誠一郎は答えた。
「昔のことを思い出してる」
寂しげな横顔に、私は返す言葉が見つからなかった。
「……でも、最近はあまり思い出さなくなった」
と誠一郎はぽつりと言った。
「香代子のおかげだ」
「え……?」
「お前といると、楽しいから」
暗闇の中、まっすぐに私を見る目に、心臓がドキドキと鳴る。
……なんで。暇つぶしだって言ってたくせに。
「今日はいつもと違うな。きれいだ」
そう言って、誠一郎の手が、私の頬に触れそうになる。
触れるか、触れないかの距離。
でも、触れられないのは、わかっている。
こんなに近くにいるのに、届かない。
そのことがこんなにもどかしいことだなんて、私はいままで知らなかった。