「はあ、今日も疲れたわねえ」
仕事終わりの更衣室で、麻美が手鏡を見て化粧を直しながら、愚痴を零す。
「ほんと、毎日くたくただわ」
「ああ、香代子ちゃん、お化粧がちょっととれてるわ」
「えっ、そう?」
「家に帰る時まできれいにしているのが女の嗜みってものよ。それとも、真っ先は帰らないかもしれないけれど」
「…………」
なんだか最近、からかわれている気がする。
化粧を直してもらいながら、尋ねてみた。
「そういう麻美ちゃんは、好きな人がいるの?」
「いるわよ」
と多美はあっさり言った。
「これからデートなの」
「そ、そう」
堂々と言ってのける麻美はどこか艶っぽく見えて、なぜか私のほうがドキドキしてしまった。



営業時間が終わりほとんど人がいなくなった館内を歩く。
隣には誠一郎。
側から見ればただひとりで歩いているだけに見えるのだろうけれど、私はもちろん、ひとりだなんて思えない。

『これからデートなの』

多美の言葉を、妙に意識してしまう。
デートというものをしたことがない奥手な私は、いまいちピンとこないのだけれど、もしかしてこれもデートというのだろうか……。
いやいや、おかしい。幽霊とデートという発想がまずおかしい。
私は必死に邪念を振り払いながら、いつも通り、従業員用の出入り口に向かっていた。別れの時間が、近づいてくる。
……何考えあるんだろう私。デートなわけないじゃない。
だって、誠一郎にとって私は、自分のことが見えて話ができるから、ただの暇つぶしに過ぎないのだし。
そう思いかけた時、
「香代子」
とふいに、誠一郎が私のほうを向いて、言った。
「屋上に行かないか?」