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昼休憩の後、大きな丸い鏡を見ながら化粧直しをしている麻美の横で、化粧をしていない私は鏡を見ながら簡単に髪型を整えて終わり。
「香代子ちゃんも化粧すればいいのに。絶対にきれいになるわよ」
麻美が淡いピンク色の口紅を引きながら言う。
「興味はあるんだけど、どうしてもうまくできなくて」
と私は過去の失敗を思い出して苦笑する。
店員がお客様より目立つのが御法度の百貨店では、店員は原則化粧を禁止されている。……はずなのだけれど、実際はあまり守られていなかったりする。
私は、昔から全然変わらないね、とよく言われる。素朴な顔立ちに子供の頃から変わらないおかっぱ頭。
母の化粧品をこっそり借りて何度か挑戦してみたものの、道化みたいなおかしな顔になるか、逆に薄くしてみればしたのかどうかもわからない微妙な仕上がりになるだけだった。
「慣れれば誰だってできるようになるわ」
と麻美は笑って言った。
「簡単なやり方があるから教えてあげる。目を閉じてみて」
麻美は言って、私の顔にぽんぽんと薄く白粉を伸ばした。目尻や頰、口紅にほんのりと色を差して、
「できたわ。香代子ちゃん、すごくきれいよ」
目を開けて、わあ、と私は声をあげた。
すごく自然なのに、普段、鏡で見る自分とは全然違う。化粧ひとつで、こんなにも変わるんだ。
「ね、簡単よ。香代子ちゃんには淡いピンク色が合うと思うわ」
「ありがとう、麻美ちゃん」
「これで、好きな人も惚れちゃうかもね」
「えっ!?」
「ふふ、赤くなってる。香代子ちゃん、可愛い」
悪戯っぽく言われて、私はさらに顔が熱くなる。
「ねえ、誠一郎さんってどんな人?」
勝手に決めつけて話をすすめようとする麻美に負けて、私は答える。
「ええと、背が高くて、すごくかっこよくて、大人っぽくて……少し、寂しそうな人」
正直、これが恋なのかどうかはわからないけれど、一日中頭の中を占めているのは誠一郎のことで、やっぱりそうなのかもしれない、とも思い始めていた。
でも、彼が幽霊だということは、私だけの秘密。