「あの、さっきはありがとうございました」
食べ終えて、私はスプーンを置いてから言った。
「俺は何もしていない。忘れ物を届けたのは君だろう」
「でも、あの髪飾りをなくしてしまったら、きっとあの子は悲しんでいたと思います。あの笑顔を見られて、嬉しかったから」
誰かの笑顔が見たい、楽しんでもらいたい。失敗して怒られても、どんなに疲れていても、その気持ちが今日も頑張ろうと思わせてくれるから。

一粒残らず皿をきれいに平らげて、お茶を飲みながら余韻に浸っていると、
「さっきの質問だが」
と、ふいに思い出したように誠一郎が言った。
「君にだけ私の姿が見えるのは、おそらく、何らかの意味のあることなんだろう」
「意味……?」
「お互いが、誰かの力を必要としていたということだ」
よくわからなかった。必要って、どういうことだろう。
彼は誰かの助けを必要としているんだろうか。
「失礼します。空いたお皿をお下げしてもよろしいでしょうか」
エプロンをつけた店員がやってきて、私はぱっと顔を上げた。
「あっ、はい、お願いします」
結局、肝心なことは何も聞けなかった。
彼は何者なのか、いつからここにいるのか、どうしてここから出られないのか……
肝心なことは、結局、何も訊けないままだった。