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「いらっしゃいませ。本日はご来店頂き誠にありがとうございます」
両開きの大きな扉が開き、従業員一同、一斉に頭を下げてお客様を出迎える。
数ある店の中からここを選び、足を運んでくださったお客様に、気持ちよく、楽しんでお買い物をしてもらえるようお手伝いをする。
それが、私たち百貨店店員の仕事。
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二十世紀初頭。
海外との貿易が盛んな地方都市。賑やかな街の中心に、この星野百貨店は建っている。
大通りに面した洋館風の6階建て。入口をくぐれば鮮やかな光、たくさんの人の笑顔であふれるロマンチックな光景。見上げれば吹き抜けの大回廊。ずらりと並ぶショーウィンドウ。上階には洋風食堂、屋上は遊園地へと続く。
まさにここは夢の世界ーー。
私は幼い頃から、この場所を、ずっとそう思ってきた。前を通る度に立ち止まって、ヨーロッパ風のお洒落な建物、出てくる人々の楽しそうな顔を眺めた。
いいなあ、こんな素敵な場所で買い物できたら。ううん、毎日だって来たい。朝から晩まで、ずっとあの場所で過ごせたら、最高に幸せなことだろう。
そんな願いを持ち続け、そしてそれは、現実になったのだ。
私、立石香代子は女学校を卒業し、この春、めでたく星野百貨店の店員として採用された。
百貨店で働くことは、女性達の憧れの仕事のひとつで、毎年志願者は後を経たない。
生まれも容姿も成績も平凡な私がどうしてそんな難関をくぐり抜けられたのかというと、店員がお客さんより目立ってはいけない百貨店では、なるべく普通に見える女性が優先して選ばれるのだとか。
普通でよかった……!
自分の普通さに、これほど感謝した日はなかった。
美しい着物や宝石、舶来の化粧品や香水。きらきらした物や人々の笑顔に囲まれて、これから毎日、こんな夢みたいな場所で働けるんだ。
しかし、夢心地でいられた時間はあっさりと終わりを告げた。
現実は、それほど甘くはなかったのだ。