「転ばないように気を付けるんだよ」
 小桜は草履だったからだろう。彼は支えるように、ぎゅっと手を握ってくれた。
 転ぶ転ばぬより、もっと強く伝わるあたたかさとそして力強さが胸に染みた。
 大切にして貰っている、と感じられたのだ。
 そしてそれはなにより嬉しく、また、胸ときめくものであった。
 やがてお参りの列にやってきて、一番うしろに並んだ。
 列の進みはゆっくりであったが、寺社仏閣のお参りなんてそういうものだ。
 なにもないときならすぐにできるけれど、なにか、催しがあるときは必ず。
 そう、今日は催しがある日。
 ここには彼とたまに出掛けてくるのだけど、今日は特別だ。
「いやぁ、桜も盛りだ」
 並んでいるうちに、並木の桜のうつくしさを堪能することができた。
 今は春らしいのだ。桜が咲き誇っているし、空気はあたたかく穏やかだ。
 この年の春はなにがあったかしら。
 小桜は考えたけれど、すぐに思い出すことができた。
 彼がいて、連れ立ってこの寺の花祭りに来たのだ。
 花祭りは毎年来ていたけれど、彼と来たのはこの一度きりだった。
 花祭りの当日は来られなかったけれど、開催されているうちの一日にやってきた。
 だからひとも満員というわけではないのだ。
「綺麗ねぇ」
 同じように桜を見上げた小桜だったけれど、不意に寂しいような気持ちが胸をよぎった。
 桜の季節。
 これを潮に、しばらく彼と桜は見られなくなってしまったのだから。
 このあとなにが起こったのか、小桜は知っていた。
 現実通りの、自分が娘だった頃のことと同じであるなら。
「どうしたんだい。寂しそうな顔をして」
 一瞬、顔が曇ったのを見られてしまったらしい。彼は心配そうに小桜の顔を覗き込んだ。
 心配させてしまった。小桜はすぐに笑って見せる。