「お母さん、どうしたの」
 ゆさ、と肩が揺すられて小桜は目を開けた。顔を上げれば娘の顔が映った。
 心配そうな表情をしている。
 小桜はそこでやっと気がついた。
 夕暮れの縁側。自分はそこに正座していた。
 居眠りをして夢を見ていた。まるでそんな状況だったように。
「体の具合でも悪いの? こんなところで……」
「ああ、いや。今日は小春日和だったからね、うとうとしちまったのさ」
 もうすっかり元の、現在の小桜に戻っていた。娘を安心させるように微笑む。
 微笑んで気付いた。もうつるりとした頬はしていない。いつも通りの、しわのある頬の感覚が伝わってくる。
 嫌な感覚ではない。しあわせなときを過ごして、重ねてきたものだから。
「いい夢を見たんだよ」
 にこっと笑う。娘は不審そうな顔をしたけれど、「それならいいんだけど……」と言ってくれた。
「お母さん、今日はおいなりさんを作ったの。それでお裾分けに来たのよ」
 おや、おいなりさん。あの日作ろうと思っていたものだ。
 一連の出来事でなぁなぁになってしまって、結局お揚げは味噌汁に入れてしまっていた。
 まるでそれを見透かしたような、娘のお裾分け。
 可笑しくなってしまった。
 確かに続いている。自分と彼の時間は。
 自分がこの世からいなくなっても……もう一度彼の傍で時間を過ごすようになっても、まだ続いて行くのだろう。
「そりゃ嬉しい。それではほかのおかずの準備をしようかね」
 よっと、と小桜は膝に力を入れて立ち上がろうとした。そこで娘が声を出す。また不思議そうな声だった。
「あら、お母さん、それはなぁに」
 娘に言われて横を見ると、そこには柿が置いてあった。かごにたっぷり盛られている。
 それもきちんと熟れて、収穫時になったものが、だ。
「一人でもいだの? 危ないじゃない」
 娘はちょっと眉を吊り上げたけれど、小桜は微笑んでしまった。
 「すまなかったね」と笑う。
 この柿をもいでくれたのも、そしてもうひとつも、どこからきたのか小桜はちゃんとわかったのだ。
 柿の横にそっと添えられた、畳まれている小さな紙。
 これも贈り物かい。
 ふっと顔が緩む。こればかりは娘にも気付かせるわけにはいかない。
 そっと手を伸ばして、手の中に包み込んだ。紙に温度などあるはずがないのに、ほんのりあたたかいような感覚が手の中に広がった。
 ほろりと崩れてしまった、あのときのものではなく。今のものは崩れたりしない。
 あのとき引いて、彼に貰ったときのままの、しっかりとした和紙の感覚が伝わってくる。
 この御神籤を開けば、運勢の上に桜の花が書いてあるだろう。


(完)