春を繋ぐ

 がらがら、と大きな木の箱を鳴らす。
 この長い木の箱、御神籤筒を振って、木の棒を出して、その棒に書いてある数字のおみくじが貰えるのだ。
「そんなに振ったって出るものは変わらないだろう」
 彼にからかわれるように言われても、小桜はつい念入りに振ってしまった。
 流石にこのときどんなおみくじが出たかまでは覚えていないのだから。
「わからないわ。少しでもいいものが出てほしいの」
「そりゃ誰しもそうだろうが」
 くすくすと笑い、彼はちょっとだけ箱を振って、木の棒を出した。
 小桜もそれに続くように、棒の出る口を下に向けて、からりと一本の棒を出す。
 それには『十一』と書いてあった。
 この数字だけではどんなものが貰えるかはわからないのだ。同じ番号の紙のおみくじを貰わないことには。
 さて、それを引き替えて、やっと本当の運勢がわかる。
 開こうと思ったけれど、先に彼の引いたもののほうが気になってしまった。
「なにが出たの?」
 かさかさと紙を開けた、彼の手元をじっと見る。紙を完全に開けて、彼の顔が輝いた。
「大吉だ!」
「まぁ!」
 小桜の声も弾んだ。
 大吉なんて幸先がいい。彼の現状を考えれば、先行きが安泰どころではない。
「いやぁ、これはきっと試験も受かるな。それどころか、首席で受かるかもしれないな」
「まぁ。慢心しては駄目よ」
 彼は途端に上機嫌になった。今度は小桜がからかうように言う。
「さくらちゃんはどうだい」
 言われて、小桜もそろそろと紙を開く。
 そこに見えたもの。小桜は笑っていいのかしょんぼりしていいのかわからなかった。
「末吉ね」
「おや」
 吉の中でも一番下の運勢ではないか。悪くはないが、良くはないだろう。
 彼も小桜の手元を覗き込んで、ちょっと眉を寄せた。
「悪かないじゃないか。吉のたぐいに違いはないだろう」
「そうだけど、やっぱりもっといいのが良かったわ」
 ちょっと膨れてしまう。彼が最高の運勢を出しているのだから余計にだ。
 拗ねたような言葉に彼は苦笑して、数秒後に自分の手元を見た。
「さくらちゃん、手を出して」
「なぁに?」
 求められて、小桜は素直に手を出した。
 その手に入れられたもの。かさりとした、やわらかな紙。
 小桜は驚いてしまう。
 だってそれは、彼の引いた……。
「替えてあげよう」
 小桜の手に大吉のおみくじを握らせて、彼はにっこりと笑った。
 小桜は目をしぱしぱとさせて、握らされたおみくじの紙と、その彼の顔を見比べてしまう。
「え、だ、駄目よ。折角の大吉……」
 返そうと手を動かしたけれど、それを封じるように、そっと彼の手で包まれてしまった。
「俺はもう引いたから大吉の力が宿っているさ。だからさくらちゃんにこれをあげれば、それが移るってわけだ」
「……そんな理屈ってあるかしら」
 言った言葉は、あまりの嬉しさにだ。
 彼の優しさ。良いおみくじをくれて、分けてくれよう、などという優しさ。
 胸の中がぽかぽかとしてきた。
 この出来事を今まで忘れてしまっていたことがちょっと悔しくなった。こんなにあたたかな思い出だったのに。
「あるさ。大吉のおみくじは持っているといいって言うね。持っておいで」
「……わかったわ。ありがとう」
 優しさは素直に受け取っておきましょう。
 小桜は胸の中で言い、そっとふところにおみくじをしまった。落としてしまわぬように、しっかりと。
 花祭りのおみくじなのだ。
 おみくじの紙の上には、桜の花が描かれていた。