「あの、実は駅前商店街に今度パティスリーをオープンすることになりまして、今日はそのご挨拶に来ました」
「それはご丁寧に」

 マスターがカウンターを回って柚香の前に立った。百八十センチを優に超える長身だ。年齢はよくわからないが、作務衣という格好と、漂う落ち着いた雰囲気から、三十歳くらいだろうか。

 柚香は男性に紙袋を差し出した。

「抹茶のガトーショコラです。よかったらみなさんで召し上がってください」
「おいしそうですね。ありがとうございます」

 マスターが受け取るより早く、明るい茶髪の男性が紙袋をかすめ取った。

「やりぃ! 腹減ってたんだぁ」
「カナタさん!」

 マスターが厳しい声を出したが、カナタと呼ばれた男性は気にする様子もなく、紙袋を覗く。

「うわあ、うまそう。ありがたくいただくよ」

 マスターはため息をついた。

「申し訳ありません。彼には礼儀を教えたつもりなのですが」

 柚香はクスッと笑って答える。

「大丈夫です。気にしていません。スイーツを気に入ってもらえたら、それだけで嬉しいですから」
「よろしかったら、お茶を淹れます。飲んでいきませんか?」

 マスターにカウンター席を示され、柚香は「お言葉に甘えて」と端の席に着いた。

「ほうじ茶をお出ししますね」

 商店街で会った女性たちが言っていた通り、ここでは日本茶を出すらしい。

「お願いします」

 柚香はマスターが趣のある茶器を湯で温め始めるのを眺めた。背後から、カナタの声が聞こえてくる。

「このガトーショコラ、マジでうまい。抹茶のほろ苦さとホワイトチョコレートの甘さのバランスがいいな。ねえ、なんて名前のパティスリーなの?」

 柚香は体をカナタの方に向けた。

「パティスリー・モントレゾーです」
「いい名前だね。駅前商店街に店を開くってことは、これから一緒に狗守町を盛り立てていく同志ってことになるね。よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします。あの、みなさんはどういう方たちなんですか?」

 柚香の問いかけを聞いて、カナタは食べかけのガトーショコラを下ろし、ビジネススーツ姿の男性を視線で示す。

「俺は成尊路奏汰。俺たちさ、そこのティートゥーユーって会社の滝井さんの協力で、農業従事者が高齢化して担い手がいなくなった田んぼを、貸し農園として貸し出す会社を設立したんだ。借り手となる田んぼオーナーはいろいろ。近隣の人もいれば、都会の人もいる。今日はそんな都会の田んぼオーナーのために、遠隔地監視アプリを使って、稲の生育状況を知らせるシステムを構築するための会議をしてたんだけど……」