柚香は木のそばに自転車を駐め、紙袋を持って入り口に向かった。暖簾をくぐり、格子戸をそっと横に引く。軽やかな音がして扉が開いたとたん、賑やかな声と爽やかな空気に包まれた。

「マスター、お客さ~ん!」

 入り口近くのテーブル席にいた二十代半ばの男性が、厨房に向かって声を張り上げた。長めの明るい茶髪をラフに散らしていて、くっきりした目ときれいな形の唇が甘い印象のイケメンだ。カジュアルなホワイトシャツにチノパンという格好がよく似合っている。

「こんな時間に珍しいなぁ。今日は会議があってうるさいんだけど、好きな席に座りなよ」

 男性が柚香を手招きした。彼がいるテーブル席には、グレーの作業着姿の四十代後半の男性と、スタイリッシュなビジネススーツが似合う三十代半ばの男性、それに二十代前半くらいのスーツ姿の男女がひとりずつ座っていた。服装も雰囲気もバラバラで、なんとも不思議な組み合わせだ。いったいどういう会議なのだろう。

「えーっと、あのぅ、私……」

 客ではなく挨拶に来たことを説明しようとしたとき、厨房にいたブルーグレーの作務衣姿の男性と目が合った。彼がマスターだろう。艶のある黒髪を首の後ろで緩くまとめ、陶器のように滑らかな肌をした端整な顔立ちの男性だ。

(なんてきれいな男の人……)

 その美しさに柚香が息をのんだとき、マスターの茶色い瞳が金色に輝き、優しく細められる。

「ようお越しくださいました」

 マスターの低く穏やかな声を聞いて、柚香は胸が熱くなると同時に、締めつけられるような苦しさを覚えた。

「どうしたの? あ、もしかして、店の中に楠があるから驚いているのかな? 実は俺たちも最初に来たときはびっくりしたんだよ」

 ビジネススーツの男性に声をかけられ、柚香はハッと我に返った。言われて店内を見回すと、本来なら大黒柱と呼ばれる太い柱があるべき場所に、一本の楠がそびえ立っている。

「こんなところに楠が……」

 柚香はそっと近づき、手で幹に触れた。ざらざらとした感触に驚きではなく、なぜだか懐かしさを覚えた。

「不思議ですよね。狗守神社のご神木の実から育ったそうですよ」

 グレーの作業着姿の男性が柚香に話しかけた。

「そうなんですか……」

 返事をしてから柚香は本来の目的を思い出し、作務衣のマスターに向き直る。