「そろそろ晩ご飯の買い物に行かなくちゃ。それじゃ、あなた……ええと、柚香ちゃんね。お菓子をありがとう。お店がオープンしたら買いに来るわね~」
「ぜひよろしくお願いします」

 柚香がお辞儀をし、三人はぺちゃくちゃとおしゃべりしながら商店街をスーパーの方向に歩いて行った。

(お茶処があるんだ……)

 もしそこに柚香の作ったスイーツを卸すことができれば、安定した顧客ができることになる。

 柚香は挨拶がてら、ししこまに営業に行ってみることにした。ラッピング袋にひとつずつガトーショコラを入れて、カラフルなワイヤーリボンで結び、それを十個紙袋に入れる。

(狗守山の麓ってことは……自転車で行った方がいいか)

 柚香はシャッターに鍵をかけると、店の横に止めていた自転車の前カゴに紙袋を入れた。そのまま自転車を押して商店街を歩く。午後六時前という時間、商店街では夕食の買い物を済ませた人たちが家路を急いでいる。

 柚香は商店街を出て自転車にまたがり、狗守神社を目指してこぎ始めた。付近の住宅街には築三十年以上の古い建物が多いが、ところどころ新しい家が建っている。夕食の匂いや子どもの声がする住宅街を抜けると、今度は掘り返されて土の匂いがする田んぼが広がった。ゴールデンウィークの頃に田植えが行われるはずだ。

 柚香はそのまま自転車を走らせて、狗守神社を目指した。さっきの女性たちの話では、ししこまは狗守山の麓にあるという。

(お父さんに連れられてお参りに来たときには、そんなお店があるの、気づかなかったなぁ。最近できたのかな)

 そんなことを思いながら、麓の舗装道路沿いに自転車を走らせた。そのうちに、茂った木々の間に瓦屋根の家が見えてきた。近づくと、門の横に大きな楠が立っていて、“お茶処 ししこま”と書かれた木の看板が下がっている。店は古民家をリノベーションしたらしく、白い壁と焦げ茶色の板壁が温かく優しい雰囲気だ。

(ここがししこま……)

 なぜだか胸に温かなものが込み上げてきて、懐かしいような気持ちになった。祖父母の時代を彷彿とさせる建物の造りのせいだろうか……?

 柚香は自転車を降りて、門から中を覗いた。前庭に黒い高級車とメタリックブルーのSUVのほかに、白い乗用車が二台駐まっている。入り口には“ししこま”と書かれた暖簾が下がっていて、格子戸越しに明かりが灯っているのが見えた。

 客もいるようだし、まだ営業しているらしい。