桃香は受け取って目を細めた。

「ガトーショコラをご近所に配るんでしょ? 手伝うわよ」

 母が立ち上がったが、柚香は首を左右に振った。

「まだ冷まさないといけないから、時間がかかるしいいよ。お母さんたちは今から帰らないと、お父さんが帰ってくる時間までに家に戻れないでしょ?」
「そうだけど……」

 桃香が明るい声で言葉を挟む。

「お母さん、心配なのはわかるけど、柚香の言う通りだよ。柚香だって一人前のパティシエールだし、しっかりやれるよ。ね、パティスリー・モントレゾーのオーナーパティシエールさん?」

 桃香に目配せされて、柚香は大きく頷く。

「そうだよ、お母さん」
「だけど……」

 それでも心配そうな母の背中を桃香は軽く叩いた。

「さ、早く帰らないと、お父さんが寂しがっちゃうよ」
「んー、もう! わかったわよ」

 母はしぶしぶといった調子で、カウンターの上のバッグを取り上げた。

「柚香、こまめにメッセージを送ってよ。それから、食事は栄養バランスを考えて摂りなさい。ちょっとでも体調悪く感じたら、仕事は休むのよ。電話をくれたら看病に行くから! 毎日きちんと戸締まりしてね。田舎だからって油断しないで。困ったときは隣町の叔父さんを頼っていいんだからね。それから――」

 まだまだ母の言葉が続きそうで、柚香は笑ってシャッターに近づいた。

「大丈夫! 連絡もするし、栄養バランスのいい食事も摂るし、戸締まりも忘れない」
「ほらほら、お母さん」

 桃香に背中を押され、母は歩を進めた。柚香がシャッターを持ち上げ、母に続いて桃香、柚香が外に出る。柚香はシャッターを下ろし、商店街の外れにあるコインパーキングへと三人で向かった。姉のオレンジ色のミニバンの前で足を止め、母がまたもや心配顔で柚香を見る。

「柚香……」
「ゴールデンウィークにはたくさんお土産持って帰るから」

 柚香は大きな笑顔でふたりに手を振った。

「じゃあ、柚香、がんばりなさいよ! またね」

 桃香は手を振って運転席に乗り込んだ。母はまだまだ名残惜しそうに柚香を見ていたが、車内から桃香に促されて、助手席のドアを開けた。

「じゃあね、体に気をつけて」
「お母さんも体調に気をつけてね」

 姉がエンジンをかけ、車が出発した。助手席の母は振り返って柚香を見つめている。やがてオレンジ色の車体が小さくなり、角を曲がって見えなくなった。