「みんな私に生きる気力を……もう一度闘いたいって勇気をくれた人たちなのに……」
「残念ですが……私にはどうしてあげることもできません」

 獅狛は柚香の肩をそっと撫でた。

「そんな……」

 柚香は胸元をギュッと押さえる。

(獅狛さんへのこの気持ちも、私は忘れてしまうの……?)

 柚香は涙を拭って顔を上げた。けれど、涙はあとからあとから溢れてくる。

「短い間でしたが、柚香さんと一緒に過ごせて楽しかったです。どうぞ、あなたのいるべき場所にお戻りください」
「獅狛さんと離れたくないです」
「それはいけません。悲しむのは私ひとりでじゅうぶんなのです」

 獅狛が視線を送り、柚香は彼の視線の先にいる母の姿を見た。あんなにガミガミ怒ってばかりで苦手に思っていた母が、今は柚香を思って悲しみ苦しんでいる。

「お母さん……」

 そのとき、病室のドアがノックされてスライドドアが静かに開いた。

「母さん」

 そう言って入ってきたのは、スーツ姿の柚香の父だった。母の暗い表情が、ほんの少し緩む。

「あなた、来てくれたの?」
「ああ。今日は昼から休みが取れたから、車で来たんだ。おまえは先週からずっとこっちで柚香についていただろ? 一緒に実家に行って少し休もう」
「でも、柚香をひとりにはできない」

 父は母の隣で腰を曲げ、ベッドで眠る柚香の顔を覗き込む。

「ほら、柚香の好きなプリンアラモードを買ってきたぞ。起きないと父さんと母さんだけで食べてしまうぞ」

 普段の厳格な父からは想像もできないおどけた口調で、父はパティスリーの名前が印字された白い箱を柚香の顔の前で揺らした。けれど、もちろんベッドの柚香は目を閉じたままだ。

「あなた……」

 母が喉を詰まらせ、両目から涙をこぼした。

 獅狛が柚香に低い声で言う。

「あなたが戻らなければ、お母さんもお父さんも悲しみ続けます」

 柚香はギュッと下唇を噛んだ。こんなつらそうな母や父の姿をこれ以上見ていたくない。けれど……。

 柚香は獅狛に向き直る。

「私、獅狛さんのことが好きです。獅狛さんのそばにいたい」

 獅狛は静かに首を左右に振った。

「私にはあなたの気持ちに応えることはできません」
「それは私に恋愛感情を持っていないからですか?」

 獅狛はなにも言わず、ただ悲しげに柚香を見た。

「……私がいなくなったら悲しいって言ってくれたじゃないですか。寂しいじゃなくて悲しいって! 獅狛さん、私のことをどう思っているのか、本当の気持ちを教えてください」

 柚香は必死で彼の茶色の瞳を見つめた。獅狛の瞳が金色に揺らぎ、彼は一度目を閉じた。ゆっくりと目を開けて、同じようにゆっくりと言葉を紡ぐ。