「そんな……」
「柚香さんの体は、この病院の病室で眠っています。魂が抜け出しているので、ずっと昏睡状態です」
獅狛が柚香の手を引いて歩き出した。柚香はショックが覚めやらず、彼に手を引かれるまま進む。不思議なことに体はふわふわと揺れ、病院の自動ドアはふたりが前に立っても開かなかった。
「実体がありませんので」
獅狛は柚香の手を引いたまま足を踏み出した。
「あっ」
ぶつかる、と思った直後、獅狛と柚香の体はガラスのドアをすり抜けた。病院は診療時間中のため、総合受付の前には診察を待つ人が数十人ソファに座っていて、廊下を忙しそうに歩く看護師の姿もあった。そんな人たちの間を縫い、ときにはすり抜けて、エスカレーターに乗る。
(本当に私、体がないんだ……)
獅狛に手を引かれるまま入院病棟に進むと、廊下の手前にナースステーションがあった。そこにも人はいたが、誰もふたりに気づいたそぶりはない。柚香たちが勝手に廊下を進んでも、行き交う看護師は誰も声をかけなかった。
ライトグリーンの廊下を歩き、中程にある部屋の前で獅狛が足を止めた。柚香は彼の視線を追って、病室のドア横に貼られたプレートを見る。
「あっ」
そこには“西川柚香”という名前が書かれていた。
「ここに私が……」
「そうです」
獅狛に手を引かれ、柚香はスライドドアをすり抜けて病室に足を踏み入れた。ベッドの白い布団が盛り上がっていて、人が寝ているのがわかる。その手前には、女性が背中を丸め、折りたたみ椅子に座っていた。
柚香はゴクリと喉を鳴らし、獅狛の手を放してそろそろとベッドに近づいた。ベッドでは頭に包帯を巻き、頬に大きなガーゼを貼った女性が寝ていた。布団から出ている腕には点滴の針が刺さり、指先には心拍数の測定器が付けられていて、ピッ……ピッ……という電子音が静かな病室に小さく響いている。
顔の形、閉じた目、鼻、口元……それが普段、鏡で見ている自分のものだと気づいて、柚香の全身から力が抜けた。その場に倒れそうになったのを、後ろから獅狛に支えられた。
「私……本当に……」
「はい。私のせいであなたをこんな目に遭わせたことを心からお詫びします」
「でも、私」
柚香が口を開いたとき、ベッドのそばで座っていた女性が顔を上げた。やつれて髪も乱れているが、その人は柚香の母だった。あまりの変わりように、柚香は青ざめる。
「柚香さんの体は、この病院の病室で眠っています。魂が抜け出しているので、ずっと昏睡状態です」
獅狛が柚香の手を引いて歩き出した。柚香はショックが覚めやらず、彼に手を引かれるまま進む。不思議なことに体はふわふわと揺れ、病院の自動ドアはふたりが前に立っても開かなかった。
「実体がありませんので」
獅狛は柚香の手を引いたまま足を踏み出した。
「あっ」
ぶつかる、と思った直後、獅狛と柚香の体はガラスのドアをすり抜けた。病院は診療時間中のため、総合受付の前には診察を待つ人が数十人ソファに座っていて、廊下を忙しそうに歩く看護師の姿もあった。そんな人たちの間を縫い、ときにはすり抜けて、エスカレーターに乗る。
(本当に私、体がないんだ……)
獅狛に手を引かれるまま入院病棟に進むと、廊下の手前にナースステーションがあった。そこにも人はいたが、誰もふたりに気づいたそぶりはない。柚香たちが勝手に廊下を進んでも、行き交う看護師は誰も声をかけなかった。
ライトグリーンの廊下を歩き、中程にある部屋の前で獅狛が足を止めた。柚香は彼の視線を追って、病室のドア横に貼られたプレートを見る。
「あっ」
そこには“西川柚香”という名前が書かれていた。
「ここに私が……」
「そうです」
獅狛に手を引かれ、柚香はスライドドアをすり抜けて病室に足を踏み入れた。ベッドの白い布団が盛り上がっていて、人が寝ているのがわかる。その手前には、女性が背中を丸め、折りたたみ椅子に座っていた。
柚香はゴクリと喉を鳴らし、獅狛の手を放してそろそろとベッドに近づいた。ベッドでは頭に包帯を巻き、頬に大きなガーゼを貼った女性が寝ていた。布団から出ている腕には点滴の針が刺さり、指先には心拍数の測定器が付けられていて、ピッ……ピッ……という電子音が静かな病室に小さく響いている。
顔の形、閉じた目、鼻、口元……それが普段、鏡で見ている自分のものだと気づいて、柚香の全身から力が抜けた。その場に倒れそうになったのを、後ろから獅狛に支えられた。
「私……本当に……」
「はい。私のせいであなたをこんな目に遭わせたことを心からお詫びします」
「でも、私」
柚香が口を開いたとき、ベッドのそばで座っていた女性が顔を上げた。やつれて髪も乱れているが、その人は柚香の母だった。あまりの変わりように、柚香は青ざめる。