「要するに、獅狛さんの力のおかげで、本来なら見えない触れない幽霊が、擬似的に肉体を持って人間みたいになったってことだよ」
「ですから、アキコさんはししこまに来てケーキを食べることができたのです」

 獅狛が言い添えた。

「獅狛さんはどうしてそんな力を作動させていたんですか?」

 柚香の問いを聞き、獅狛は柚香からフロントガラスへと視線を移した。

「……それは病院に着いてから説明します」

 そう言ったきり、獅狛は黙り込んでしまった。まっすぐに前を見つめて、柚香が見ても目を合わせようとしない。

 話の矛先がまったく見えてこない。

(獅狛さんはずっと誰かの魂に実体を与え続けていた……ってこと? 誰のため? なんのために?)

 疑問だけが頭に浮かぶ中、車は県境を越えて、隣県にある大きな総合病院の駐車場に入った。いつの間にか日が落ちて、病院の白い建物も立木も駐まっている車も……辺りの景色はすべて夕焼けの色に染まっている。胸が締めつけられるような茜色だ。

「逢魔が時か。ぴったりの時刻だな」

 運転席で奏汰が皮肉交じりの口調でつぶやき、振り返っていつになく真面目な表情で獅狛を見た。

「獅狛さん。俺、柚香ちゃんに言いたいことがある」
「わかりました」

 獅狛が頷いてドアを開け、車から降りた。代わりに運転席から降りた奏汰が、柚香の隣に座る。

「柚香ちゃん」

 ただならぬ雰囲気に気圧されしながら、柚香は返事をする。

「な、なんですか?」
「俺……柚香ちゃんに『私には奏汰さんが必要です』って言われて、すごく嬉しかった」

 抹茶ババロアを作ったときの話を持ち出され、柚香は照れ笑いを浮かべた。

「親父もお袋も跡取りの兄貴ばかりを大切にするし、近寄ってくる女も俺の顔目当てだし……俺なんて中身のないどうでもいい存在なんだって思ってた。あのときは俺を止めるためだったとしても、『必要』だと言ってくれて、本当に嬉しかったんだ」

 奏汰に真剣な目で見つめられ、柚香は瞬きをする。

「ど、どうしたんですか、奏汰さん。まるでお別れの言葉みたいに……」
「お別れなんだ」
「えっ、どういうことですか? 奏汰さん、どこかへ行っちゃうんですか?」

 柚香が目を見開き、奏汰は口元に笑みのようなものを浮かべた。

「俺はどこにも行かないよ。ずっと狗守町にいる」
「じゃあ、どうして……」

 奏汰が両手で柚香の両手を握った。

「えっ」
「柚香ちゃんが行くんだ」
「ええと、それは広翔さんと闘うために実家に戻ろうと思っているだけで、一時的にはここを離れますけど、私はまたししこまでスイーツを作りたいと思っているんです」