(大切な人だから……私にも見舞ってほしいということなの? それって……女性なのかな)

 なぜこのタイミングでそんな話をされるのか、まったくわけがわからない。

 柚香は得体の知れない不安のような気持ちを抱えながら、ミナコの食器をシンクに運んだ。それらを洗い終えて水切りカゴに置いたとき、格子戸が乱暴に開けられる。

「獅狛さんは人使いが荒すぎると思うけどなっ」

 不満げに言いながら、奏汰が店に入ってきた。

「思ったよりも速かったですね。飛ばしてきたのですか? スピード違反はいけませんよ」

 奏汰は顔をしかめて答える。

「違う。親父に呼ばれて狗守神社に来てただけだ」

 そうして柚香を見て、淡い笑みを浮かべた。それが悲しげに見えて、柚香はますます不安になる。

「いったい……なんなんですか?」
「病院に行けばわかるよ。というより……行かないとわからない、かな」
「入院してるのは、奏汰さんの知ってる方なんですか?」

 奏汰が答えるより早く、獅狛が柚香を促す。

「柚香さん、行きましょう」
「じゃあ、バッグを取ってきます」
「必要ありません」
「でも」
「いいから、柚香ちゃん、おいで」

 奏汰に手招きされ、柚香は腑に落ちない気持ちのまま戸口に向かった。柚香が店を出て、獅狛は格子戸に“本日、臨時休業いたします”と書いた張り紙を貼った。奏汰が運転席に乗り、柚香と獅狛は飯塚の家を探しに行ったときと同様、後部座席に並んで座る。

 車が走り出したが、BGMがかかっていない車内は、沈黙だけが重苦しく漂っている。柚香はなにも訊けないまま、座席に座っていた。

 やがて幹線道路に出てから、獅狛が改まった口調で言う。

「柚香さんは私が何者かはもうご存知ですね?」
「はい」
「私があなた方人間にはない力を持っていることも、ご存知ですよね」

 さっきのテレパシーを含め、獅狛と出会ってから柚香はさまざまな不思議な体験をしている。

「はい」
「私には、実体のないものに実体を与える力もあります」
「それは……どういうことですか?」
「たとえば、アキコさんです」

 獅狛に言われて、柚香はヴィクトリアサンドイッチケーキを注文した女性の顔を思い浮かべた。

「彼女は本来、魂だけの存在でした。しかし、私が実体を作り出す力を作動させていたので、たまたま近くにいた彼女の魂も実体を得たのです」

 柚香が首を傾げ、運転席から奏汰の声が聞こえてくる。