ミナコは涙をこらえるように瞬きを繰り返し、顔を上げて大きな笑顔を作る。

「落ち着いたらまた来ます。そのときは必ずいい報告をします」
「お待ちしています」

 獅狛が頷き、ミナコは会釈をして格子戸に向かった。そうしてバッグから財布を取り出し、千円札を一枚抜いて賽銭箱に差し入れた。

「ありがとうございました。またお越しください」

 獅狛と柚香の声に送られ、ミナコはもう一度軽く頭を下げて、店を出ていった。

 格子戸が閉まって、柚香は誰へともなくつぶやく。

「私も……闘おうかな……」

(私と同じような経験をしたミナコさんが逃げずに闘おうとしてるんだ。私も……いつまでも広翔さんや望月家を怯えて過ごしたくない)

 獅狛がミナコに向けたのと同じ、慈愛に満ちた眼差しで柚香を見た。柚香はまだ残る迷いを吹っ切るように、はっきりと宣言する。

「広翔さんに嘘の噂を取り消してもらいます。そして堂々と胸を張ってスイーツを作れるようになりたい」

 獅狛がそっと両手を伸ばして柚香の右手を握った。温かく大きな手に包まれ、柚香はドキドキしながら獅狛を見る。

「獅狛さん?」
「あなたは今、前に進みたいと心から願っていますね?」

 獅狛にまっすぐ見つめられ、柚香は力を込めて頷いた。

「はい。ここには広翔さんに広められた噂や、両親や姉から逃げたいと思って来たんですけど……今はミナコさんみたいに、逃げずに立ち向かいたいと思っています」
「わかりました」

 獅狛は柚香の手を放した。そうして大きく息を吸って言う。

「奏汰さんを呼びます」
「えっ、どうして奏汰さんを?」

 いきなり話を変えられて柚香は眉を寄せたが、獅狛は構うことなく右手をこめかみに当てて目を閉じた。数秒そうしてから目を開ける。

「奏汰さんを呼びました」
「え? 電話とかではなく?」
「はい。奏汰さんに直接思念を送りました」

 柚香はさらに眉を寄せる。

「それって……テレパシーみたいなものですか?」
「そうとも呼ばれますね」

(さすがは犬神さまだ……)

 感心する柚香に、獅狛がいつにも増して真剣な表情を向けた。

「奏汰さんが来たら、柚香さんを連れていきたい場所があります」
「どこですか?」
「病院です」
「病院? 誰か入院でもされているんですか?」
「はい。とても大切な人が」

 獅狛の瞳に一瞬、切なげな色が浮かび、柚香は息をのんだ。