「お客さま、パティスリーにお勤めなんですか?」

 直後、女性の表情が曇り、柚香はなにかまずいことを聞いたのだろうかと不安になった。

「今は退職しました。それに、勤めていたのはパティスリーではなく、本社の人事部です」

 女性は悲しげに微笑み、きな粉のマカロンを口に入れた。煎茶の湯飲みを握ったまましばらく黙っていたが、やがて顔を上げて柚香を見た。

「私……実はすごくショックな光景を見てしまって……」

 女性の表情は深刻そうだ。

「なにか……あったんですか?」

 柚香に続いて獅狛が静かな声で言う。

「よろしければお話をお聞かせくださいませんか? 気持ちが少し軽くなるかもしれません」

 女性は抹茶のマカロンを眺めながら、重いため息をついた。

「実はさっき狗守神社にお参りして、心の中で神さまにも聞いてもらったんですけど……」

 抹茶のマカロンをかじって「おいしい」とつぶやき、口元にかすかに笑みを浮かべた。

「私……以前勤めていた会社で、年上の男性と付き合っていたんです……。すごくかっこよくて、カリスマ性も人気もあって……憧れていました。だから、まさかそんな人が私を好きになってくれるなんて思わなくて、彼に告白されたときは舞い上がりました」

 女性の笑みが苦いものに変わり、彼女は煎茶を一口飲んで話を続ける。

「付き合い始めてしばらくしたら、彼に、自分が有利になるように人事評価書を書き替えてくれって頼まれて……。『俺が出世した方がミナコも嬉しいだろ』って言われたんです。そのときに気づくべきでした。私は彼に利用されているだけなんだって」

 ミナコというその女性は、そっと目尻を拭った。

「でも、彼に甘い言葉をかけられたり、『ミナコは俺が今の地位のままでいいと思うの?』って遠回しに責められたりして……私、彼の人事評価書を書き替えてしまったんです。でも、ほかの社員に気づかれて……。人事部長や課長に正直に本当のことを話しました。そうしたら、呼び出された彼は、私が彼の気を引きたくて勝手にやったことだって言い張って……私だけに罪を着せたんです」
「そんなのひどい!」

 柚香は憤慨して声を上げた。

「本当のことを話しても、私みたいな地味な女と彼が付き合ってたなんて話、誰も信じてくれなくて。結局、私、会社をクビになったんです。三ヵ月前のことです。そうしたら、最近になって、彼が同じようなことをほかの女性にもしてたってわかって……。その女性が自殺未遂をしたって聞いたんです」
「えっ」