「だったら、人の姿に戻ったらいいじゃん」
「作務衣がありません」

 獅狛の言葉を聞いて、奏汰はため息をついた。

「そうか、そりゃまずいな」
「まずいって?」

 首を傾げる柚香を見て、奏汰はニヤニヤ笑って答える。

「想像してみてよ、柚香ちゃん。獅狛がこの姿になったとき、作務衣はどうなった?」

 犬の姿になったとき、足元に作務衣が落ちていたことを思い出し、柚香は目を見張った。

「まさか……」

 彼がこのまま人の姿になったら……。

 想像しかけて真っ赤になり、柚香は明後日の方向を見る。

「そ、そそ、そうだ、スーパーでお惣菜かお弁当を買いましょうか!? そうしたら帰ってすぐ食べられますよ!」

 柚香の動揺を見て取り、奏汰はクスリと笑った。

「獅狛さんってさ、意外と逞しいんだよ。とても三百歳とは思えない」
「ええぇっ、さ、三百歳!?」

 獅狛が言っていたのは本当だったのかと思いながら、柚香は目を丸くして獅狛を見た。

「すごいお年なんですね……」

 柚香のつぶやきを聞いて、白い犬はぷいっと横を向き、おもしろくなさそうな声で言う。

「蒸善さんは六百十五歳です」

 驚く話が続き、柚香はこれ以上ないくらい大きく目を見開いた。

「ろ、六百十五歳!? ってことは、蒸善さんも神さまなんですか!?」

 柚香の問いに奏汰が答える。

「そ。でも、蒸善のじいさんはお茶の神さま。ししこまのお茶は蒸善さんに分けてもらってんの。けど、獅狛さんってずるいんだぞ~。三百歳なのにいい体してるんだ。反則だよなぁ。人間で言えば三十歳くらいになるのかな。柚香ちゃん、今度風呂をこっそり覗いてみるといいよ」
「そそそそ、そんなことしませんっ」

 柚香は赤い顔のまま言った。

「本当は見てみたいだろ?」

 ししこまを出る前に柚香に大笑いされた仕返し、とばかりに奏汰は意地悪く言った。

(そりゃあ、まあ……神さまの体が人間と同じ構造をしているのか……興味はあるけど……でも、獅狛さんの裸なんて!)

 柚香は両手を頬に当てた。獅狛は小さく息を吐く。

「奏汰さん、余計なことは言わずに、運転に集中してください。でないと、あなたのおかしな寝言を柚香さんに教えますよ」
「えっ、俺、寝言なんて言うかな?」
「言いますよ。女性が引くような寝言を」
「嘘だろ! やめてくれ!」

 奏汰がアクセルを踏み込み、柚香は背中を座席に押しつけられた。