「滝井さんは田んぼオーナーという制度についても教えてくれました。田んぼオーナーにも使ってもらえれば、利用者が増えてコストを分散させることができるそうですし、県の農業振興プロジェクトから補助金を出してもらえるかもしれないとも言っていました」

 飯塚は腕を組んで「うーん」と唸るような声を出した。奏汰が焦れったそうに言葉を挟む。

「そうやって悩むくらいなら、話を聞いてみてもいいんじゃないの? 聞くだけならタダなんだからさ」

 飯塚は迷うように目を動かした。

「確かに……このままだったら負担が重くなるのは目に見えていますし……」
「話を聞いてみて、怪しいとか金銭的に無理とか思ったら、きっぱり断ったらいいんだよ」
「そうですね……。せっかく来て名刺を渡してくれたんですから、電話をしてみます。ただ、アプリの開発を依頼するかは確約できませんが」

 飯塚の言葉を聞いて、奏汰は軽く右手を振る。

「俺らはティートゥーユーの回し者じゃないし、滝井さんに名刺を渡すって約束したから来ただけだから」
「わざわざありがとうございます。名刺、確かに受け取りました」
「こちらこそ、夜分に失礼いたしました」

 柚香がお辞儀をし、飯塚は軽く頭を下げた。

「気をつけて帰ってください」
「ありがとうございます」

 飯塚が家の中に戻ってパタンとドアが閉まり、柚香はホッと胸を撫で下ろす。

「約束を果たせてよかったぁ……」
「ま、アプリの開発まで進むかどうかは、飯塚さんと滝井さん次第だろうけどな」

 奏汰が車に戻り始め、柚香も続いた。

「これ以上は私たちにはどうしようもありませんもんね。でも、いい方向に進むといいなぁ」

 柚香はドアを開けて後部座席に乗り込んだ。車内で待っていた獅狛が、柚香を見て目を細める。

「名刺を渡せてよかったですね」
「はい。獅狛さんが飯塚さんの家を突き止めてくれたおかげです。ありがとうございました」

 柚香がシートベルトを締め、奏汰がエンジンをかけながら言う。

「じゃあ、どこかでなにか食って帰ろう。途中にいろいろレストランがあったよな。焼き肉屋に中華料理店に回転寿司に……あー、どれがいいだろ」

 食事を想像してうっとりする奏汰に対し、獅狛が冷静な声を出す。

「奏汰さん、レストランは無理です」

 奏汰は顔をしかめて振り返った。