柚香の全身に緊張が走る。言葉を探して口を動かしていたら、スピーカーから怪訝そうな声が聞こえてきた。

「……どなたですか?」

 奏汰が肘で柚香の腕を軽く突いた。

「あ、あのっ」

 柚香は声が上ずり、一度咳払いをして続ける。

「こ、こんばんは。夜分に申し訳ありません。わ、私、お茶処ししこまの西川と言います。あの、ししこまです。日曜日に飯塚さんが来てくださった……」
「え? ああ! 抹茶ババロアを作ってくださったパティシエールさんですね?」

 相手が飯塚だとわかってホッとしつつ、柚香は口を動かす。

「はい。あの、実は飯塚さんのことを常連さんに聞いて、じゃなくて、飯塚さんのおうちを常連さんに教えてもらって、それで、飯塚さんのお困りに役に立ちそうな人が来て……」

 言いたいことを整理できずに思いついた言葉を口にしていたら、飯塚の戸惑ったような声が聞こえてきた。

「ええと、ちょっと待ってくださいね。今、そちらへ行きますから」
「あ、すみません」

 インターホンの接続が切れる音がして玄関扉が開き、ワイシャツとスーツのズボン姿の飯塚が出てきた。

「遅い時間にすみません」

 柚香は改めてお詫びの言葉を述べた。

「それはいいんですけど、こんなところまでいったいどうしたんですか?」

 飯塚は草履をつっかけて前庭を歩き、門扉を挟んで柚香と奏汰と向かい合った。柚香は一度深呼吸をして口を開く。

「実は、今日、ティートゥーユーって会社の部長さんがししこまに来られたんです」
「ティートゥーユー? 聞いたことないんですが」

 飯塚が首を傾げ、柚香は急いで説明を始める。

「あの、滝井さんという方がそこの取締役営業部長で……」

 柚香は滝井の会社のこと、それに滝井が飯塚たちの役に立ちそうなアプリの開発に乗り気であることを説明した。

「飯塚さんのことをお話ししたら、『連絡してください』って言って、名刺をくださったんです」

 柚香はバッグから滝井にもらった名刺を出し、飯塚の方に差し出した。飯塚は手を伸ばして受け取る。

「株式会社ティートゥーユーの滝井壮一朗さん……」
「はい。遠隔地から田んぼの様子を知ることができれば、飯塚さんの負担も軽くなると思うんです」
「なるほど……。本当にそうなったらありがたいですね。しかし、そのアプリはこれから開発するんですよね? となると金銭的負担が発生しますし、どのくらいが相場なのかはわかりませんが、我が家にはアプリ開発を依頼するような余裕は、ちょっと……」

 飯塚は口ごもった。