「こんなところまで……いつもありがとうございます」
「すごく広いから、製菓材料とか輸入食品とかいろいろ売ってるよ」

 柚香は奏汰に、今度連れてきてください、とお願いしようかと思ったが、また獅狛に反対されるだろうと思って、言葉にしなかった。

 やがて車は混雑した繁華街を抜けて、マンションの建ち並ぶエリアに入り、ほどなくして落ち着いた住宅街へと進んだ。

「近づいてきました。速度を落としてください」

 奏汰がスピードを落とし、獅狛は集中するかのように窓の外をじっと見る。瓦屋根の家や比較的新しい三階建ての家などが、ゆっくりと後ろに流れていく。

 まだだろうかと思ったとき、獅狛が顔を上げた。

「あの黒い車が駐まっている二階建ての家です」

 獅狛の鼻先が前方に見える白壁の一軒家を指した。リビングと思われる一階の大きな窓から明かりが漏れていて、ダークブラウンに塗られたボーダーフェンスが見えた。フェンスにはハンギングポットが吊され、柚香が名前の知らない小さな花がたくさん咲いている。フェンスの向こうにはオリーブの木が植わっていて、よく手入れされているのがわかった。

「へえ、しゃれた家だな。奥さんの趣味かな」

 奏汰がつぶやいて、フェンスの横に車を駐めた。

「獅狛さん、そのままで行くの?」

 奏汰に問われて、獅狛は首を振る。

「いいえ。ここで人の姿に戻るわけにはいきません。滝井さんの件は柚香さんと奏汰さんにお任せします」
「俺、そういうの向いてないし、柚香ちゃん、頼むな」

 奏汰に言われて、柚香は情けない顔になる。

「そ、そんな! 私だって向いてないですよ~。それに飯塚さんの家をどうやって知ったのか、うまく説明できる自信がありません」
「そんなの、仁科さんに聞いたとかテキトーに言っときゃ大丈夫だろ。あの人、顔が広いし、弟が町長だから、あの町のことをなんでも知ってたって不思議じゃない」

 仁科の弟が町長というのは初耳だったが、奏汰の言葉に従うのがベストだろう。

「わかりました……」

 そう返事しつつも不安は拭いきれなかったが、奏汰が車から降りたので、柚香も続いた。奏汰と門の前に並び、ドキドキしながらインターホンを見つめる。なにを言おうか考えている最中だったのに、奏汰が手を伸ばしてボタンを押し、家の奥で軽やかなメロディが鳴るのが小さく聞こえた。

「ちょっと、奏汰さん」

 柚香が抗議の声を上げたとき、インターホンが接続するカチッという音がした。

「はい」

 男性の声が応答した。

「え……っと」